2008年1月15日火曜日

22. 京田辺高船・米相場の旗振り場

「アカシア紀行・俳句」2006年9月21日(木)



 やや曇りで風のない日、京田辺市の南端に近い高船へ自転車で登りました。
ここは京都府と奈良県の県境で、西は奈良生駒市高山、東は京田辺となります。
山頂付近に笠上神社があって、東に遠く山城・木津川を眺めることができます。
笠上神社から山中を北へ約100メートル歩くと、千鉾山(せんぼこやま)の
頂上ですが、今は木々に囲まれて展望できなくなっています。
そこに写真のような自然石の碑と三角点、案内板がありました。
それを見ると、ここは昔、米相場の旗振り場であったらしいです。
案内板によると、ここは江戸時代大阪堂島の米相場を京都に伝えるための
旗振り通信(手旗信号)の通信中継所であったとのことです。
交野の旗振山から大山崎の天王山に伝える中継所でした。
堂島から京都までわずか4分で通信し、明治26年電話が開通したのですが
早さは旗振り通信にかなわなかったそうです。
明治40年頃やっと電話通信になったとのこと。
しばらく周囲をみていたら、鉦叩(かねたたき、昆虫)が かぼそく
「チン、チン、チン、チン」と鳴きました。

          

       米相場の旗振り場跡鉦叩     常朝


       遠き世の音にも聞こゆ鉦叩    常朝
          


       (高船千鉾山・旗振り場跡)

21. 天理・大国見山

「アカシア紀行・俳句」2006年9月4日(月)



 やや暑いけれど天気の良い日、奈良天理市の桃尾(もものお)の滝に行きました。
滝への道脇の左側の畑に猪の罠(わな)がありました。
このあたりにも猪がでるのでしょうか。罠は1.5メートル位の大きさの鉄製の檻で屋根のトタン石に川原石が数個のせてありました。
滝の周囲は涼しく、そばの岩には金彫りで南無妙法蓮華経の名号が刻まれています。
大国見山は滝の北方約1キロの高さ450メートル位の山ですが、かなり急な道を1時間かけて登りました。途中の龍福寺跡には沢山の石仏がありました。
頂上は名前のとおり、見晴らしがよく、奈良盆地を見渡せます。
また頂上付近には狼煙(のろし)岩があり、狼煙を焚くための小さな穴がありました。
しばらく頂上にいると「タタタタタ」と啄木鳥(きつつき)の音がしました。



       名号を岩に金彫り秋の滝      常朝

       啄木鳥や国見の山に狼煙岩    常朝


       (大国見山の狼煙(のろし)岩)

       (大国見山より天理市方面を望む) 


          

2008年1月14日月曜日

20.西穂高山荘

「アカシア紀行・俳句」2006年7月22日(土)

 

 長男一家と妻と5人で、西穂高山荘へ登りました。
4、5日前から雨続きで、山登りどころではない天候続きでしたが、
登山当日は運良く晴れてくれ、ロープウエイ駅から2時間ほど、
高山植物や景色をたのしみながら、西穂高山荘まで歩き、山小屋の
庭で昼食後、近くの丸山に登りました。
雲もあったのですが、穂高や上高地が見えました。
夜は満天の星を見て、一泊して下山しました。
山小屋近くにはうす紫の風露草(ふうろそう)が咲いていました。
また、ロープウエイ駅から10分位のところに避難小屋がありましたが、
しばらく使われていないようで、中を覗くとほこりだらけでした。
帰りの山道では落とし文(木の葉の巻いた)を拾ったりして
久しぶりの楽しい登山でした。



        山小屋の蛇口閉じずよ風露草     常朝

        登山路に埃だらけの避難小屋     常朝



        (丸山から穂高を望む)

19.泉橋寺・安積親王墓

「アカシア紀行・俳句」2006年4月20日(木)

 

 風のやや強い日、京都木津市上狛の泉橋寺、高麗寺跡を訪ねたあと、
和束町の安積親王墓をお参りしました。
泉橋寺は木津川の北岸にあり、高さ5メートル近い、石の大仏(地蔵)が
桜の木に囲まれて座っておられます。
昔行基菩薩が、川や人々の安全を祈願して建てられたとのことです。
安積親王(あさかしんのう)は聖武天皇の第二皇子で、17才の若さで
なくなりました。藤原家に暗殺されたという説もあります。
お墓は茶畑になっている円形の丘の頂上にありました。
急な茶畑の中の参道を登ると、ときどき鶯が鳴いていました。


        川守る石の大仏花の中       常朝

        茶畑に参道険し皇子の墓      常朝

        親王の墓に鶯明日も鳴け      常朝



        (泉橋寺の石地蔵)

        (安積親王墓)

18.大仏鉄道・牧場

「アカシア紀行・俳句」2006年3月31日(金)



 3月の終わり、京都木津市加茂の大仏鉄道跡、西念寺、鹿背山城を
訪ねたあと、クローバー牧場を見学しました。
大仏鉄道は明治31年から40年、加茂から奈良へ敷かれた蒸気鉄道で、
その鉄橋や線路敷の跡が残っています。
場所などは大仏鉄道研究会のホームページに説明があります。
牧場ではごく最近生まれたばかりの子牛が7、8頭いて、
我々を珍しそうに眺めていました。
しばらく牧場を見せていただいたあと新鮮な牛乳を買って牛達と別れました。



       大仏線鉄橋跡のなずなかな     常朝

       子牛みな赤き紐つけ牧開く     常朝

       春の野に連れて欲しげよ子牛の目  常朝



       (大仏鉄道赤橋)

17.奈良・笛吹神社

「アカシア紀行・俳句」2006年2月20日(月)



 2月にしては穏やかな日、奈良葛城市の笛吹神社を訪ねて、
お田植祭を拝見しました。神社の庭に約20メートル四方を
竹(斉竹(いみだけ))で囲んで御田としています。
神事の最初に祝詞があげられましたが、音楽は太鼓と一本の笛でした。
その後、御田の4隅を鋤(すき)で掘るしぐさのあと、
2人が扮する黒牛が田の周囲を耕し、神官らが杉葉を束ねた
早苗を植えました。
笛吹神社という名前にしては、笛一本は質素に感じましたが、
旧村の鎮守の神社にしては格式のある神事を丁寧におこなわれました。
お田植神事のあと御供撒(ごくま)きがあり大勢の人々が餅まきを
楽しみました。私も後の方で2~3個お餅を拾えました。



        昼花火上がりて始む御田祭     常朝

        笛ひとつ笛吹神社の御田祭     常朝


16. 安堵町 中家住宅

「アカシア紀行・俳句」2006年1月20日(金)



 やや寒いけれど日差のよい日、田原本町の多神社、広陵町の百済寺を
訪ねたあと、安堵町の中家住宅を訪ねました。
(場所などは中家住宅 奈良 で検索できます)
ここは、中世の武士の館の跡で、二重の環濠のある、広さ100メートル四方の
邸宅です。国の重要文化財とのことです。
今は瓦葺の家が瓦葺の白塀に囲まれて建っており、中氏の子孫が住んでおられます。
筒井一族の武士であったらしく、正門の左手の別門は、昔奈良にあった筒井家の
多聞城の門を移築したとのことです。
その門はおよそ城門とは見えない、藁葺(わらぶ)きでびっくりしました。
門のそばの池には枯蓮の葉がぽつんぽつんと残っていました。



        城門は藁屋根なりき破蓮     常朝



        (移築された城門)