2019年11月25日月曜日

287. 奈良・大宇陀大観寺から阿紀神社

「アカシア紀行・俳句」2019年11月24日(日)    前へ   

 深まる秋の曇りの日曜日、いつものメンバー3人で奈良・大宇陀町の大観寺などを訪ねました。 

 今回は、奈良から水間峠・針をとおり、榛原の西の国道170号線で大宇陀に入りました。
最初は織田家ゆかりの徳源寺を訪ねようとしましたが、寺への道が狭く車では行けなかったのであきらめて、拾生の大観寺を訪ねました。

 大願寺はこの夏薬膳料理で訪ねましたが、今は冬紅葉の季節で、静かな趣きがあります。
まず、裸木となったハンカチの木を見上げました。高さ7メートル位の木の枝に鈴懸の実のような丸い実がいくつもぶら下がっていました。下には高さ1メートル程の石の五重塔があります。
左の冬紅葉の木からは、きれいな紅葉が一葉ずつゆっくり散っていました。

 本堂の左には、虎の像が狛犬のように守る毘沙門堂があり、大きなもみの木の下には仏足石のお堂があり、あたりを綿虫がゆっくり飛んでいました。 

     (大願寺)                   (ハンカチノ木)


     (お茶目庚申像)              (あきのの湯レストラン)  




        一葉ずつゆっくり散れリ冬紅葉     常朝

        綿虫のつきくる宇陀の寺の庭      常朝  

 南の「あきのの湯」のレストラン「しゃもじ」で昼食をいただいた後、阿紀神社を訪ねました。
地図によって大宇陀高校の南の信号のすぐ北側を西に入りましたが、神社がわからず、西の又兵衛桜まで
いきすぎ、戻って狭い坂道で近所の女性に教えてもらい、やっとビニールハウスの南側の狭い道を
曲がって、神社に着きました。

 阿紀神社は説明板によると、崇神天皇の頃、天照大神のご遷座地を探す途中、倭姫が宇陀のこの地に
4年間、神を祀り、地元の人々が采女、田など寄進したので、この地を神戸(かんべ)とよんだようです。
その後天正年間に今の迫間地区本郷川のそばに移転して神戸神宮から阿紀神社になったようです。

 境内には橋がかりのあるの能舞台もある、古式豊かな神社です。
奥には神門と本殿、左手には社務所のような建物(当屋?)があり、大きなかりんの木が黄葉をつけていました。右奥の草地には三重の蓋が載せられた古井戸があり、枯れ葉が散っていました。
社務所左奥(南)の石垣には本郷川が南からぶちあたり右に曲がって、きれいな冬の水が流れています。


     (阿紀神社)         (阿紀神社境内)


       (説明板)          (能舞台)  


       (社務所とかりんの木)     (本郷川) 


        ハンカチノ木の冬の芽の硬さかな   常朝

        産土に雲透く薄日神の留守      常朝  

        三重の蓋ある古井戸散る紅葉     常朝  

 その後、大宇陀高校の北の、森野葛本舗の「葛の館」で葛湯、葛餅をいただき奈良へ戻りました。

一日中曇り空でしたが、雲を透く薄日が山や野を照らし、深みゆく宇陀の秋を楽しめました。