2016年1月23日土曜日

228. 奈良・春日大社の特別拝観

「アカシア紀行・俳句」2016年1月21日(木)    前へ    次へ

 例年より遅い初雪の翌日、大寒の日、いつものメンバー5人で奈良・春日大社を訪ねました。

 春日大社は、世界遺産である奈良時代からの神社ですが、
20年ごとに造替(改築)を続けており、今年はその造替・遷宮の年で、
通常入れない遥拝所、御仮殿などの特別拝観が3月末までできます。

 我々は、9時半ころ大社の駐車場に集合し、まず本殿周囲を拝観、散策しました。
なぜか祓戸神社から左へ慶賀門への剣先道は通行止めになっていました。
(慶賀門は本殿正面をみて左側の門で昔は藤原家の人々専用だったようです)
たまたま21日は10日ごとの旬祭の日で、10時から旬祭でした。

 本殿は造替中のため、神様は御仮殿に移っておられるので、
神官や巫女たちは左側の回廊内の直会殿(なおらいでん)の前を通って、
左奥の御仮殿(移殿:うつしどの)に入りました。
すでに数十人の参列者が殿中におり、笛と笙の音と共に旬祭が始まりました。

 旬祭のため特別拝観は午後からなので、我々は回廊の外側から連子窓を
通して中の様子を拝見しました。
笙や笛の音がゆったりと大寒の春日の森を流れました。

       白砂の木の影踏みて寒詣      常朝

       連子窓に拝す旬祭寒詣        常朝

       笙の音の杜に流れて春近し     常朝

         (春日大社拝殿:クリックで拡大:以下同じ)       
          (特別参拝説明板)
         (旬祭に入る神官巫女列)
         (本殿右の回廊)

 その後鹿に鹿せんべいをあげたりして、広大な神社の境内を散策し、11時すぎ
二の鳥居の西の荷茶屋(にないちゃや)に入り、コーヒーと七草粥をいただきました。

 荷茶屋には中国人らしい子供連れの観光客もいました。
部屋の隅には荷ない茶屋の名前の由来となった、荷ない売りの茶菓の道具:
茶釜と菓子箱を前後に吊った天秤棒が置かれていました。

       店内に異国語聞こゆ薺(なずな)粥  常朝

       七草粥荷ない売りする餅もがも    常朝

         (荷茶屋)
          (荷茶屋の由来)
         (荷ない茶屋の図)
         (再現の荷ない茶屋道具)


  七草粥と柿の葉すし、葛切りなどをいただいた後、本殿前に戻り、
特別拝観証(500円)をいただき中に入りました。

 御仮殿やご神体の御蓋山(みかさやま)を遥拝する遥拝所、万燈籠の一部を再現する
暗室の藤浪の屋などを拝観しました。
本殿の釣燈籠は一部欠字などがありますが、400年も経っているとは思えないほど綺麗で、
それぞれに奉納した直江兼続などの祈願文があります。

 途中直会殿の裏側にある一本のカゴノキに椿南天ニワトコ藤楓桜が宿る7種宿り木などを
見たあと本殿を出て、春日若宮、夫婦神社なども参拝しました。

 若宮には火袋が格子の灯籠が沢山あり、寒椿が咲いていました。
御手洗には井戸があり、蓋に縄のついたバケツが置いてあります。

 夫婦神社では女性が一人水占いをしており、別の二人連れの若い女性も
きて水占いの紙を、大きな水槽に浮かべていました。
良い恋占いがでておればいいのですが。

 近くの摂社の灯籠のそばに大きな橘の木が沢山の実をつけていました。
昔は柚子の木があって柚子灯籠(ゆどうろう)と言ったそうです。
倒木がちらほら見える禰宜道を通って駐車場へ戻りました。

       女ひとり水占いや春隣         常朝

        御手洗の井戸に馬穴や寒椿     常朝

        (剣先道-先に慶賀門)       
          (二の鳥居)    
         (本殿)
         (本殿説明板)    
         (千年杉)      
          (直江兼続奉納釣燈籠)
         (直江兼続釣燈籠説明板)
         (御蓋山遥拝所)    
         (直会殿屋根を抜くイブキ)
         (御仮殿(移殿))

 その後旧ドリームランド前のココスでケーキとお茶などをいただき、
小句会を楽しんだあと5時前解散しました。
広大な春日の杜で七草粥もいただき、大寒にしては穏やかな一日を過ごすことができました。

2016年1月8日金曜日

227. 奈良・富雄の霊山寺から添神社

「アカシア紀行・俳句」2016年1月7日(木)    前へ   次へ

 雨模様の正月七草の日、いつものメンバー6人で、
奈良・富雄の霊山寺などを訪ねました。

 霊山寺は、奈良時代聖武天皇の勅命で行基菩薩が建立したと伝わる、
法相宗、真言宗兼学の寺ですが、もとは遣隋使小野妹子の子小野富人が
開いた薬草の湯屋から始まったとされています。

 10時前寺の駐車場に集合して、冬薔薇の咲くバラ園を少し覗いたあと、
谷に沿った境内の坂道を登ると、すぐに行基菩薩の像があり、
鏡餅と梅の花もまじえて種々の花が供えてありました。
鏡餅の橙が下の泉水に落ちていたので元に戻して、本堂へ登りました。

 本堂の中へ入ると、正面に阿弥陀三尊の掛仏があり、左には
阿弥陀如来と菩提僊那像がありました。

 その後、弁天堂に入り、5、60人の人々とともに、初弁天の法要に参列しました。
8人の僧に唱和してほとんどの人々が観音経や般若心経などを唱えました。
法要は11時から約45分間で終わり、その後、一人の僧が宝銭を沢山つけた笹を振って
人々に宝銭を撒きました。 拾えなかった人にはお盆に載せた宝銭を配っていました。

 我々は弁天講のメンバーでないのですが、一般にもお雑煮の接待があると
聞いたので、別の天龍閣に移動してお雑煮をいただきました。
天龍閣を出る時、同時に出た男性が空を見上げてくれたので、
メンバーが忘れそうになった傘立の傘を思い出しました。
これも弁天様のご利益と喜びました。

       大寺の薄日の中の冬薔薇      常朝

       扇雀飴も供物のひとつ初弁天    常朝

       笹枝より飛び来し宝銭初弁天    常朝

         (行基菩薩像:クリックで拡大:以下同じ)
           (霊山寺本堂)
         (弁天堂)
         (初弁天法要)
         (宝銭撒き)

 その後、富雄の添神社(添御縣坐神社)を訪ねました。
(奈良にはもう一つの添神社が歌姫にあります)
神社のすぐ下に根聖院というお寺があり、境内にある岩の臼を拝見しました。
このあたりの地名「三碓(みつがらす)」の由来だそうで、
長さ1メートル以上の岩に3つの臼穴があり、聖武天皇がこの辺りにこられたおり、
見られて三碓(3つの唐臼:みつがらす)という地名をつけられたとのこと。

 境内のツツジの返り花の咲く石段を登ると添神社(添御縣坐神社)で、
境内摂社の恵比寿神社に2月3日の戎祭の旗が立っており、
本殿には前売り券の掲示がありました。
坂を登ると龍王池がありますが、今回は登らずに戻りました。

       縣社の前売り券売る初戎      常朝

       龍王の池に登らず初詣       常朝

         (根聖院)  
           (三碓の石臼)
         (添御縣坐神社)

 その後、奈良の自宅で小句会を楽しみ、夕方解散しました。
午後は青空も見え、お雑煮もいただいた正月らしい初吟行でした。