2010年1月19日火曜日

97.三輪大社「大とんど」、素麵干しと藤岡家住宅

「アカシア紀行・俳句」2010年1月15日(金)


 小正月のやや寒いながら好天の日、いつものメンバーで
三輪大社の「大とんど」に行きました。
毎年この日に松飾りの注連縄やお札を、氏子などが持ち寄り、
大きな焚火(とんど)で燃やす行事(左義長とも)です。
8時から始まるというので、車で30分前に駐車場につき、
参道奥の御手洗所で手を洗いました。
柄杓の柄は氷でざらついていました。
本殿にお参りしたあと、左側の祈祷殿前にいきました。

 すでに6、7人の氏子らしい人が白い法被(?)を着て
「とんど」の準備中で、参拝者も数人待っていました。
8時前、本殿の方から、榊でお祓いする神官のあとに、
2メートルほどの大きな松明を持った神官がゆっくりと
「とんど」の前にきて、四方をお祓いしたあと、
恵方から松明でとんどに火をつけました。

「とんど」の周囲には4本の斉竹(いみだけ)が立てられ、
上部に垂(しで)のある縄が張られ、さらに上には大きな金網の
天蓋のような傘が取り付けられています。
火の粉や燃えさしが飛び散らないようにとのことでしょう。

 とんどの火を囲んでいると氏子の2、3人が細竹の先に針金をつけ
その下にお餅を4個くらいつけて餅焼きを始めました。
そばに福餅拝受所がるので、そこで受けた福餅を焼いているようです。
家から餅や金網を持参の人もいました。

        御手洗の杓の柄氷にざらつけり   常朝

       (三輪大社祈祷殿:写真はすべてクリックで拡大)

       (三輪大社のどんど)


 三輪大社を辞し、大鳥居の前の道を南へ100メートルほど走り、
飛鳥川の土手を東へ300メートルほどにある素麺(そうめん)の寒干しを
見学しました。背丈以上の素麺干し台が10台ほど土手に置かれて
白いカーテンのような素麺が風に少し揺れています。
素めん工場の玉井さんのご主人から素麺作りの歴史などを
うかがいました。天日干しは手間がかかるので、
今はほとんどが機械乾燥だそうです。
ここでも1、2時間干すとあとは扇風機のある室内で
乾燥させるとのことで、見ているあいだに奥様と二人で
干し台を工場の中に移動されました。


        素麺(そうめん)を干す風かすか初瀬川    常朝

       (素麺の寒干し)


 その後五條市栄山寺近くのレストラン「吉野川」で昼食後、
JR北宇智駅の西の藤岡家住宅を見学しました。

 2年前訪ねたときはは復興工事中でしたが、今は完成して一般公開されています。
入場券を300円でいただくと、ボランティアらしい人が案内と説明を
してくれました。

 部屋がたくさんあり、置かれている家具や書画、句軸、色紙などを、
巡って拝見しました。
藤岡家6代目の長和(ながかず)氏は内務省勤務で、熊本、和歌山などの
県知事を歴任、のちに藤岡玉骨(ぎょっこつ)の俳号で活躍しました。
阿波野青畝とも親しく多くの句軸色紙が展示されています。

 その兄弟の写真や明治の礼服も拝見しました。
28畳の大広間や、控室のある12畳位の立派な客室2つもあり、
句会などの会場に有料公開しているとのことです。
玉骨氏が退官後昭和20年から41年まで使った2階の書斎も拝見しました。
見晴らしがよく庭の長兵衛梅や雪の金剛山も見えます。
和室の喫茶室で地元産のいなか羊羹とコーヒーなどをいただき解散しました。

        俳人の書斎に雪の金剛山     常朝

       (藤岡家住宅)

       (玉骨氏の書斎机)

2009年12月12日土曜日

96.山科・大石神社、岩屋寺から伏見稲荷大社

「アカシア紀行・俳句」2009年12月4日(金)

 師走始めのおだやかな天気の日、
いつものメンバー7人で山科の大石神社ほかを訪ねました。

 大石神社は、昭和10年に創建された大石内蔵助を祀る神社です。
赤穂の大石神社は明治にたてられたそうです。
こちらの神社は京阪電鉄山科駅から南西へ約3キロ、バスで大石神社前ですが、
我々は車で、深草から府道35を東へ名神高速沿いに行きました。

 神社は山科の低い山のふもとにありますが、12月の義士祭りの幟があちこちに
立っていました。
境内への石段の両側に献燈台があり、一力亭などの提灯が掛っています。
境内のすぐ右に囲いがあり、「花子」という名の小馬が一頭いました。
説明板にはファラベラ・ミニホースという種で、10歳だそうです。

 本殿にお参りしたあと、境内やそばの池を散策、句碑を読んだりしたあと、
左手の宝物殿の展示を拝見しました。
四十七士の屏風や内蔵助の絵などがありました。
境内の紅葉は風もないのにゆっくり、ゆっくり散っていました。

        散りつつも紅葉輝く義士の杜     常朝

        紅葉散る間のほどよくて義士の杜   常朝

       (大石神社:写真はすべてクリックで拡大)
       (大石神社の紅葉)

       (大石内蔵助の絵)



 その後、近くの岩屋寺に行きました。
ここには元禄14年6月から翌年討ち入り4ケ月前の8月まで内蔵助が過ごした
大石邸の跡がありますが、神社と同じく、紅葉が大変きれいでした。
討ち入り後、邸宅、田畑などをすべて岩屋寺へ寄進したそうです。

「雪がきてなにもなき野をかざりけり  都峰」などの句碑があります。

寺の左手には産土神(うぶすな)の山科神社があります。
石段が高くで我々は登らず下から頭を下げただけでした。

       (岩屋寺)


 道を戻って、伏見稲荷門前の「稲福」で昼食後、
伏見大社に参拝しました。
さすがに大社は、平日なのに大勢の参拝客があります。
境内右手に舞台があり、奉納の舞がありました。
舞を奉納すると分霊をいただけるそうで紫の袱紗に包んでいました。
私は本殿奥の火焚き祭などの斎場へ行きましたが、ロープがあり
入れませんでした。
途中の参道に女占い師が小さな台をおいて、立ったまま、女の人の
占いをしていました。
奥の参道では中学生らしい女生徒たちが散ってくる木の葉を競って
受けようとしていました。木の葉に遊ばれているようでもありました。

        占いの女立ちをり冬の杜     常朝

        女生徒の群とたはむれ木の葉散る 常朝

       (伏見稲荷大社)

       (伏見大社の舞台)


 その後、伏見桃山城を訪ねました。
ここは2007年以降伏見桃山運動公園の一部になっていますが、
1964年(昭和39年)に、江戸時代の伏見桃山城を模して
つくられた模擬城で、城内の見学はできません。
庭には赤い橋もあり、桜などが植えられて広々とした公園ですが、
俳句はむずかしい感じです。
しばらくお城などを見た後、奈良・ドリームランド跡前のcocosで
小句会後解散しました。

        入場のできぬ天主に冬の雲 常朝
      
       (伏見桃山城)

       

2009年11月6日金曜日

95.大阪・河内・弘川寺から建水分神社ほか

「アカシア紀行・俳句」2009年11月2日(月)

 午後雨にあうとは予想できない良い天気の朝、
いつものメンバー6人で大阪府・南河内郡の弘川寺を訪ねました。

 ここは、葛城山の西の山麓にある、飛鳥時代に役の行者が開いたといわれる、
天武天皇の勅願寺で、鎌倉時代、西行法師が晩年を過ごした寺です。
本尊の薬師如来坐像は本堂の蓮華座に安置されていました。
我々は車で9時半集合しましたが、電車では近鉄・河内長野線の富田林駅から
河内行きバス(約20分)終点から歩いて10分とのことです。

 坂を登った駐車場に車をおき、階段を登ると、高い杉の木に
囲まれた本堂があり、張り替えた障子が数枚、縁に立てかけて
ありました。

 本尊にお参りしてから寺山の坂を登り、まず西行法師のお墓、
西行墳にお参りしました。
お墓は小さな台地の右奥にあり、直径10メートルくらいの円墳です。
西行墳の上には数本の背の高い木がのびており、木の走り根がお墓の周囲を
固めていました。
台地の左側には西行法師のお墓を見つけて庵をむすんだ似雲法師の
径3メートルくらいのお墓もありました。
ほぼ正面には、西行法師の
「願わくは花の下にて春死なむ・・・」の歌碑が建っています。

 そこから山を登ると、似雲法師の「花の庵」跡があり、ちかくに
阿波野青畝の句碑、さらに上には西行法師の庵跡があり、
つつじの返り花がたくさん咲いていました。
桜の木は沢山ありますが、いずれも薄紅葉でした。
1989年の八百年忌に西行墳の東3.5町歩の山地に千本の桜を植樹したそうで、
その桜が今大きく育っています。
当時は西行庵から須磨、明石が見えたそうですが、今は遠くにかすんで
須磨の海は見えませんでした。

 山を下りかけると時雨が降ってきました。
途中の西行堂でしばらく雨宿りしてから、本堂左手の本坊を訪ね、
お庭などを拝見し、西行記念館を見学しました。
中には、いくつかの西行法師像や似雲法師像があり、
狩野探幽の西行富士見図や西行物語絵巻など、貴重な寺宝、文献が
展示されています。


        西行墳覆ふ走り根小鳥来る      常朝

        紅葉越し須磨は見えずよ庵跡     常朝

       (弘川寺本堂:写真はすべてクリックで拡大)
       (西行墳)

       (青畝句碑)

       (西行庵跡)



 その後、道の駅「かなん」の向かいのレストラン、愚留芽で
昼食後、小句会を楽しんで解散しました。
我々奈良組は、その後楠公ゆかりの建水分神社や奉建塔を訪ねて
帰りました。
奉建塔そばの植込みには烏瓜がいくつも掛っていました。


        水分社の注連に初穂の垂(しで)掛る  常朝

        楠公の城跡赤き烏瓜          常朝

       (建水分神社)   
       (楠公・奉建塔)
       (奉建塔の案内)

 

2009年10月24日土曜日

94.虚子記念文学館から弓削牧場

「アカシア紀行・俳句」2009年10月22日(木)

 うろこ雲のさわやかな日、いつものメンバー6人で芦屋市の虚子記念文学館から
神戸市北区の弓削牧場を訪ねました。

 10時文学館集合でしたが、阪神高速大阪港線(阿波座-法円坂)が工事中で、
環状線東側から神戸線へ入ることができず、一旦信濃橋で降りて、中之島西から
高速道に再入路したのですが、環状線の出口、入口に迷って30分もおくれました。

 文学館は阪神芦屋駅から南500メートルほど、芦屋川西岸から西へ60メートル
ほどにある瀟洒な2階の建物です。
入口の3台くらいの駐車場に車をとめ入館しました。
10月3日から来年5月9日まで「虚子の著作展」を開催中で、2階には高浜虚子の
俳句入門書、小説、夏目漱石の原稿、子規の仰臥漫録などのほか、
「小牡丹といふといへどの紅ほのか」などの有名な句の句軸も展示されています。
虚子の紫檀の文机、旅行かばんなどもありました。
句軸を見ていると蚊が一匹寄ってきました。
30分以上も見学して、近くの芦屋公園の鵺塚(ぬえづか)を見ました。
京で源頼政に退治された鵺の死骸が流れついた所だそうです。

        なほ光る虚子の文机薄紅葉      常朝

        秋の蚊や虚子の句軸を見上ぐれば   常朝

       (虚子記念文学館:写真はすべてクリックで拡大)
       (ぬえ塚)

       (ぬえ伝説)


 その後、上宮川町の神戸屋で昼食後、国道2号線を西へ、六甲道路から
花山台経由で有馬街道に入り、箕谷近くの芝床交差点から弓削牧場に行きました。
牧場は神戸電鉄・山の街駅の東2キロほどの山のふもとにありますが、
牧場の門は小倉台の住宅地に接しています。
駐車場から坂を上ると、右手に牛小屋があり乳牛が10頭くらいいて、
へちまの花が咲いて、大きな実が数個成っていました。
外の囲いには子牛が数頭寝そべっています。
牧場にはレストラン(チーズ、ケーキなど)があり、お客も数組ありました。
畑や土手にはローズマリーなどのハーブが植えられています。
土手上に見晴らし台がありましたが、木が生い茂って牧場しか見えませんでした。
しばらく散策して、レストランの庭のテーブルで小句会後、ケーキ・ミルクを
いただき、4時半頃現地解散しました。      

        牛小屋の窓の暗きにへちま咲く    常朝

        ハーブの名聞きて忘れて鱗雲     常朝

       (弓削牧場の牛舎)

       (牧場レストラン)

       (見晴らし台より牧場)

2009年10月9日金曜日

93.浄瑠璃寺、岩船寺から郡山城・月見

「アカシア紀行・俳句」2009年10月1日(木)

 中秋の名月の2日前の日、いつものメンバー7人で洛南・当尾の里(とうのの
さと)へ吟行しました。

 11時前、車で浄瑠璃寺の駐車場につきました。
我々は奈良から来たので、美加の原ゴルフ場の南の府道44号線を北上し
右・浄瑠璃寺の案内に沿って南下しましたが、
JR関西線・加茂駅あるいはJR/近鉄・奈良駅からバスも60分あるいは40分おき
くらいであるようです。

 浄瑠璃寺の参道には、萩やコスモスが揺れ、無人販売の吊り店もあり、
柿やとうがらしなどの野菜を売っていました。
境内にある大きな宝池の西側(彼岸)にある国宝の阿弥陀堂に九体の
国宝・阿弥陀如来を安置しているので九体寺ともいわれます。
池の東側(此岸)には三重塔(国宝)があり薬師如来を祀っているようですが、
アライグマに傷つけられので修復中とのこと。

 まず入山料300円を納めて阿弥陀堂に入って九体仏を参拝し、
堂内を見学しました。
大きな金色の阿弥陀仏が9体ならんで静かな中にも圧倒されます。
たまたま今日から開扉されたふくよかなお顔の秘仏吉祥天も拝見できました。
お供えの中に、円筒形の絵仏具というのがありました。
のち、三重塔の下に歩きましたが、池の周囲に薄などの秋草が咲き乱れて
あたかも浄土のようです。

        九体寺の格子より見ゆ秋桜      常朝

        浄瑠璃寺の池に映して吾亦紅     常朝

       (吊り店:写真はすべてクリックで拡大)
       (浄瑠璃寺)

       (三重塔)


 山門を出て左手の山すそに蕎麦の「吉祥庵」があったので、昼食に新そばを
いただきました。
その後、周囲の当尾の里を散策し、藪中三尊石仏、首切り地蔵などをお参り
しました。 集落や畑の小道には熟柿が沢山落ちていました。

        熟柿落つ首切地蔵見ておれば     常朝

       (当尾の里・蕎麦の吉祥庵)

       (当尾の里・首切地蔵)


 その後、車で5キロほどの岩船寺に行きました。
同じく阿弥陀堂のある真言律宗の寺ですが、こちらのほうが
奈良時代に建てられたので、平安時代の浄瑠璃寺より古いようです。
重要文化財の阿弥陀如来坐像、四天王、普賢菩薩などが安置されています。
山門の前には石風呂が置かれています。
石段を登り山門から入ると境内には阿の字池、三重塔、十三重石塔などが
あります。高い木々に囲まれ、浄瑠璃寺よりさらに山寺の雰囲気が強いです。
阿の字池を見ていたら、小さな蛇が中の島から泳ぎ出し、
池岸に着いて草むらに消えました。
三重塔の軒のそれぞれの隅には天邪鬼が白い目を見せて軒を支えています。

        石風呂の底にも紅葉岩船寺      常朝

       (岩船寺)


 のち、奈良・黒髪山のレストラン「cocos」で小句会後、月見のために
大和郡山市に移動しました。
郡山城近くの「弁慶」で夕食後、東側の追手門からお城に入りました。
去年同様、我々のほかは誰もいませんでした。
城跡の芝生にシートを敷いて、お茶会を始めた頃はまだ月は雲に隠れていました
が、お菓子をいただく頃に、やっと雲間から月が顔を見せてくれました。
満月の二日前の月で、雲の右手には木星が輝いていました。
虫の声を聞きながら出たり隠れたりする月を見て秋の夜を過ごし、追手門前で
解散しました。
俳句はもうひとつでしたが、盛り沢山の楽しい日でした。


        城跡の芝の湿りに月を待つ       常朝

        木星と雲をへだてて小望月       常朝

2009年9月20日日曜日

92.和歌山・加太の淡島神社ほか

「アカシア紀行・俳句」2009年9月18日(金)

 9月のさわやかな日、いつものメンバー6人で和歌山・加太へ
吟行しました。

 9時半高速阪和道の岸和田サービスエリアで集合し、さらに約10キロ、
泉南インターチェンジで降り、26号線を南下し、加太漁港を
めざしました。途中、「加太漁港へ右折」の道路標識があったので
すなおに右折すると、加太漁港へはいけず、結局海岸沿いに淡輪漁港に
着きました。標識が右折するロータリーの約1キロ手前でした。
交通案内には、このような不親切がよくあります。

 電車では、南海電車の淡輪駅から北約1キロですが、加太港へは、
南海電車加太線終点の加太駅から西へ約1キロです。

 淡輪(たんのわ)漁港には数十艘の漁船が止まっており、
漁師さんが一人一艘の船にいたので聞くと、もう朝の漁は終って
帰港した船ばかりだそうです。
船溜りの海には10センチ位の海たなごが群をなしていました。

 左側(西側)の船溜りには船はありませんが、見ていると突然
青鷺が太刀魚をぶら下げ飛んできて波止に降りました。
近寄ると、一旦くちばしから太刀魚を離し銜えなおして飛びさりました。
そのあと、鴨が一羽船溜りに着水し泳いできました。

 その後加太の休暇村で昼食をいただきました。
加太休暇村は小高い山の上にあり、展望台から加太の海や友が島、淡路島、
かすんで四国が見えます。
食後、休暇村の前の弾薬庫跡を見学しました。

        初鴨のきたる船なき船溜          常朝

        目の慣れて田平子見えたる秋の海      常朝

       (淡輪漁港:写真はすべてクリックで拡大)
       (休暇村展望台より加太港)

       (弾薬庫跡)


 休暇村から下の26号線に戻り、さらに西の加太に行き、
淡島神社を参拝しました。淡島神社は人形供養で有名な神社です。
毎年雛祭りの日には加太の海に雛を流すそうです。

 神社に入ると、本殿から雛倉、末社にまでさまざまな人形が置かれていて、
まるで人形展示館です。本殿の左には針塚がありました。
本殿内には由緒ありげな女雛男雛など、回廊と床下には日本人形、
市松人形、フランス人形、羽子板までおかれ、
左の小堂や庭には蛙、招き猫、信楽焼きの狸、堂の壁には
さまざまな面まで掛けられています。
いずれも奉納されたもので2万体もあるようです。
見ていると少し気味が悪くなりました。
夜に一人では来れないでしょう。

 その後神社下の砂浜を歩いてから、港の魚市場を訪ねました。
魚のせりは午後3時かららしいですが、見学者は入れないとのこと。
市場の建物は、巾20メートル奥行き30メートル位の大きさで
床に100個位の生簀が並べてあり、それぞれに鯛やはまちなどの
魚が泳いでいます。
我々は入口に近い個人客用の生簀から生きた鯛を買いました。
売ってくれた社長に鯛を締めてもらいましたが、
帰りの車の中では鯛がしばらく氷の音を立てていました。
帰路の岸和田サービスエリアのだんじり庵で4時から5時半頃まで
小句会後解散しました。



        秋風や波やさしくて加太の海        常朝

        人形の見ている秋の加太の海        常朝

       (淡島神社本殿)

       (淡島神社の人形)

       (加太魚市場の生簀)

2009年9月3日木曜日

91.奈良・柳生から曽爾高原

「アカシア紀行・俳句」2009年8月30日(土)

 8月も終わりの日、いつものメンバー7人で奈良・柳生から曽爾高原へ
吟行しました。

 9時名阪国道の針・道の駅で集合し、369号線を約3キロ南下し、
室生方面28号線へ左折、室生寺を過ぎて約500メートルほどの、
龍穴神社に立ち寄りました。

 龍穴神社は、うっそうとした杉林に囲まれたいかにも奥に竜神が
いるような神社です。
由緒略記によると、奈良時代末期の光仁天皇の頃、後の桓武天皇である
山部王の病気平癒を祈祷したとのことで、それ以上古い神社でしょう。
祭神は、高おかみ(雲かんむりの下に龍)の神で、
さらに天児屋根命(あめのこやねのみこと)など5神を祀っているようです。
神社の後方1.5キロ位の岩壁に、龍穴という洞穴がり、近くに天の岩戸や
雨乞いの滝もあるとのことですが、我々は登りませんでした。
 入口右には、根元近くでつながった、2本の杉の巨樹があり、
連理の杉として祀られていました。
また、入口の石垣下に冷たい湧き水が流れ出ていました。
本殿とも江戸時代に再建、移築された相当古色ゆたかなもので、
拝殿前の庭の両側には長い献灯台が建てられています。


        水神の谷の流れに秋の蜂        常朝

        龍神の湧き水受けて夏惜しむ      常朝

       (龍穴神社:写真はすべてクリックで拡大)
       (龍穴神社の連理の杉)


 その後、369号線の掛の信号を北に川を渡り、81号線を川沿いに
東に走り、案内板に沿って、屏風岩公苑に車で登りました。
屏風岩は海抜800メートル、高さ100メートルもあるかと思う、
大きな柱状節理の岩壁で、ふもとは公園になっています。
岩を見上げていると、色々な模様にも見えますが、
ピカソの絵にあるような尖った顔もありました。
ふもとは秋草が咲き、カメラマンが野鳥を狙っていて、
シメという珍しい小鳥の写真を見せてくれました。
モグラ塚や竹煮草の実もありました。

        屏風岩顔にも見えて天高し      常朝

       (屏風岩)


 81号線に戻り曽爾村の門僕(かどふさ)神社に参拝しました。
ここは曽爾村の鎮守の神様で、天児屋根命(あめのこやねのみこと)のほかに、
6神を祀っているようです。
道沿いの杉林にかこまれた神社で、拝殿は石段の上、巾3~4間の古い建物です。
道を隔てた曽爾川では数組の親子連れが水遊びや、魚すくいを楽しんでいました。


        産土神(うぶすな)の川に親子の鮴(ごり)すくふ  常朝

       (門僕神社の曽爾川)

       (曽爾ファームガーデン)


 その後、12時すぎ曽爾高原お亀の湯の近くのファームガーデン・すすきの館で
昼食をいただき、13時20分ころ曽爾高原駐車場に着きました。
 曽爾高原はススキの草原で有名ですが、8月末ではまだススキの穂は、
細くてまっすぐ空を向いていました。
高原の一本道を歩くとまさに花野、ゲンノショウコ、オミナエシ、フジバカマ、
ハギ、アザミ、ナデシコ、ヒメジオン、キンミズヒキ、ウツボグサ、クルマユリ、
ツリガネニンジン、シシウドなどが咲いて、お亀池の湿原には、サワギキョウが
濃い紫の花を咲かせています。
出口に近い道端のススキの根元にはナンバンギセル(思い草)が紫の
筒型の花をやや下向きにつけていました。
その後、81号、369号、28号線経由で針インターチェンジに戻り、
道の駅のレストランで小句会後、5時頃解散しました。


        ししうどの白き花火に天高し        常朝

        奥深く咲くは色濃き思い草         常朝

       (曽爾高原)

       (思い草:ナンバンギセル)