「アカシア紀行・俳句」2015年5月29日(金) 前へ 次へ
晴天の続いたあとの5月の最後の金曜日、いつものメンバー 6人で、
大和郡山市の松尾寺などを訪ねました。
松尾寺は、奈良時代の養老2年(718)天武天皇の皇子、
舎人親王が、日本書紀完成と厄除けを祈願して建立された寺で、
日本最古の厄除け霊場の寺として有名です。
9時半すぎ、天理街道(169号線)窪之庄南の交差点から西へ約6キロ、
池ノ内町交差点を左折、約2キロほどで右折、県道123号線を西へ登り、
大和郡山市の矢田丘陵にある山中の松尾寺の駐車場で集合しました、
青葉の下の長い参道を登ると滝行場がありました。
滝といっても石樋から落ちる水を受ける行場ですが、行場の岩の周囲の
水には睡蓮が咲き緋鯉や金魚が泳ぎ、岩には卯の花が散っていました。
左の石段を登ると、厄除け祈祷の受付のある福寿院があり、
薔薇園の入口となっています。入園無料のバラ園を訪ねました。
バラ園は本堂南側の福寿院のさらに南に20X15メートル位の花畑があり、
そこにアーチなども作られて数十種類の色とりどりのバラが植えられています。
福寿院の入口にもバラの植木鉢が沢山並べられていました。
花の時期は少し過ぎたようですが、何種類かのバラは見頃でした。
モンローなどという西洋品種とともに、平安、万葉、奈良の光、嵯峨野、
大原女、円山、清涼殿、大文字、洛陽などと和名の品種もありました。
バラ畑への通路の左にはビワの木が沢山の実をつけて、竹藪の竹に
押されていました。
また薔薇園の奥には修行のための参籠所がありました。
老鶯や行場の水を見てをれば 常朝
薔薇園の奥にありたる参籠所 常朝
(松尾寺山門:クリックで拡大:以後同じ)
(滝行場と睡蓮)
(松尾寺本堂)
(バラ園入口:福寿院)
(バラ園)
(三重塔)
11時前、矢田丘陵を降りて、北へ6キロほどの奈良高等専門学校の
南側の「御幸」で蕎麦などの昼食をいただき、近くの大和民俗公園の
菖蒲園を訪ねました。
菖蒲園は民俗公園の東側にある60メートル四方位の湿生園です。
多くの水路の間に、それぞれ優雅な名札のある花菖蒲、かきつばた、
あやめの畝があり、その間を木道(八つ橋)が通っています。
左奥には水車小屋がありますが、水不足のためか止まっていました。
時期が少し早かったのか、花はまだちらほら咲いている程度です。
それでも白蝶が花を探し、水車小屋からは揚羽蝶が飛び出ました。
菖蒲園の木道を電動車椅子の人がゆっくり動いていました。
菖蒲園の北側には畑があり、細長い麦畑がまだ青い穂をつけて
風に揺れていました。さらに奥には勾玉形の池があり、父子が
ザリガニ釣りをしていました。
水車止まりて静か菖蒲園 常朝
重さうに穂の揺れゐたる麦畑 常朝
(矢田民俗公園の菖蒲園)
(ザリガニ釣りの父子)
そのあと奈良へ戻り自宅で小句会を楽しんだあと夕方解散しました。
あまり良い句はできなかったですが、少し風のある薄曇りの初夏の日、
万緑の山や菖蒲園などをゆっくり楽しむことができました。
2015年5月30日土曜日
2015年5月16日土曜日
212. 浄瑠璃寺、岩船寺から杜若園
「アカシア紀行・俳句」2015年5月13日(水) 前へ 次へ
台風6号のすぎた5月の快晴の日、いつものメンバー 6人で、
浄瑠璃寺、岩船寺などを訪ねました。
9時半奈良で集合、まず奈良阪の北東の浄瑠璃寺を訪ねました。
浄瑠璃寺は、6年前の秋にも訪ねましたが、京都府木津川市の山中にある
平安時代からの真言律宗の寺です。(参考:アカシア紀行93浄瑠璃寺ほか)
バスも駐車できる駐車場から約100メートルの参道を南へ歩くと山門があり、
すぐに池と本堂が見えます。
山門右手、本坊前の柿の木の下に御手洗と藻の花や百合などの鉢があります。
まず300円を納めて本堂の九体阿弥陀仏とこの時期開扉されている
吉祥天女像を参拝しました。
本堂裏の廊下には右手の山の木々から子鴉の甘え声も含めうるさい程の
鴉の鳴き声が聞こえました。
中央の大きな阿弥陀如来像の左右に4体ずつ、九体の阿弥陀仏は
それぞれ目を開いたり、半眼にしたり閉じたりしておられ、中央左手の
厨司の中にあでやかな吉祥天女像がありました。
阿弥陀如来を参拝後、境内に出て池や三重塔などを拝見しました。
池の右側(本堂側)は彼岸で、反対の三重塔側は此岸とのことです。
塔の周囲には山つつじ、池の岸辺には青いアヤメなどが咲いていました。
吉祥天のお顔に映えて花菖蒲 常朝
浄瑠璃寺の彼岸に青きあやめかな 常朝
(浄瑠璃寺参道:クリックで拡大:以後同じ)
(浄瑠璃寺本堂)
(吉祥天女像:拝観のしおりより)
;(浄瑠璃寺の池)
;(浄瑠璃寺三重塔)
門前の道路の蕎麦店はあいにく定休日で、やむなく昼食を後回しにして
岩船寺を訪ねました。
岩船寺は奈良時代聖武天皇の命で行基が阿弥陀堂を建てたことから始まると
される真言律宗の古寺です。
まず入山料400円を納めて、本堂の四天王に囲まれた阿弥陀如来を参拝し、
境内の阿字池や三重塔などを見ました。
池の周囲などあちこちに青紫の都忘れの花が咲き、オオデマリが白い花びらや
白い手毬を散らしています。石楠花はもう花の終わりでした。
三重塔の奥の休憩所では20人位の団体がお弁当を広げていました。
大庇よき風来たり青葉寺 常朝
都忘れ供花の如くに石仏 常朝
(岩船寺山門)
(岩船寺本堂)
(都忘れの花)
(オオデマリ)
その後、城陽市の杜若(カキツバタ)園を見ようと北の加茂から163号線を
西へ24号線へと向かいましたが、道を間違えて東の笠置へ遠回りしたのち、
163号から24号線に入り、1時すぎ城陽市の「さがみ」で遅い昼食をいただきました。
親切な女店員が杜若園(畑)への地図と花卉工場への地図を描いてくれたので、
迷わず城陽市観音堂地区の杜若畑に行くことができました。
「さがみ」からは南東1.5キロくらいの、南城陽中学校の西側の水田を転作した
杜若畑です。
我々が見て歩いたのは南側の奥の畑でしたが、周囲をあわせると
4~5ヘクタールはあると思われる水田跡の杜若畑で、殆どの畑がちょうど満開で、
常時地下水をポンプで汲み上げ補水していました。
道脇の泥田には雨乞い地蔵の社があり、水の好きな地蔵様を土中から引き上げ
お祀りすると雨が降るそうです。
杜若畑の隣にはユーカリ、栗、桃なども植えられていました。
眼前に広がるカキツバタを見ていると涼しい風がきて、
青紫の花や葉が揺れ、隙間の水面には太陽がまぶしいほどでした。
杜若水面の日輪まぶしくて 常朝
杜若どれか揺れゐる園広し 常朝
(城陽市の雨乞い地蔵社)
(雨乞い地蔵説明板)
(杜若(カキツバタ)園)
その後奈良へ戻り、旧ドリームランド前のCOCOSで小句会後
解散しました。気の早い台風一過後のさわやかな5月の一日でした。
台風6号のすぎた5月の快晴の日、いつものメンバー 6人で、
浄瑠璃寺、岩船寺などを訪ねました。
9時半奈良で集合、まず奈良阪の北東の浄瑠璃寺を訪ねました。
浄瑠璃寺は、6年前の秋にも訪ねましたが、京都府木津川市の山中にある
平安時代からの真言律宗の寺です。(参考:アカシア紀行93浄瑠璃寺ほか)
バスも駐車できる駐車場から約100メートルの参道を南へ歩くと山門があり、
すぐに池と本堂が見えます。
山門右手、本坊前の柿の木の下に御手洗と藻の花や百合などの鉢があります。
まず300円を納めて本堂の九体阿弥陀仏とこの時期開扉されている
吉祥天女像を参拝しました。
本堂裏の廊下には右手の山の木々から子鴉の甘え声も含めうるさい程の
鴉の鳴き声が聞こえました。
中央の大きな阿弥陀如来像の左右に4体ずつ、九体の阿弥陀仏は
それぞれ目を開いたり、半眼にしたり閉じたりしておられ、中央左手の
厨司の中にあでやかな吉祥天女像がありました。
阿弥陀如来を参拝後、境内に出て池や三重塔などを拝見しました。
池の右側(本堂側)は彼岸で、反対の三重塔側は此岸とのことです。
塔の周囲には山つつじ、池の岸辺には青いアヤメなどが咲いていました。
吉祥天のお顔に映えて花菖蒲 常朝
浄瑠璃寺の彼岸に青きあやめかな 常朝
(浄瑠璃寺参道:クリックで拡大:以後同じ)
(浄瑠璃寺本堂)
(吉祥天女像:拝観のしおりより)
;(浄瑠璃寺の池)
;(浄瑠璃寺三重塔)
門前の道路の蕎麦店はあいにく定休日で、やむなく昼食を後回しにして
岩船寺を訪ねました。
岩船寺は奈良時代聖武天皇の命で行基が阿弥陀堂を建てたことから始まると
される真言律宗の古寺です。
まず入山料400円を納めて、本堂の四天王に囲まれた阿弥陀如来を参拝し、
境内の阿字池や三重塔などを見ました。
池の周囲などあちこちに青紫の都忘れの花が咲き、オオデマリが白い花びらや
白い手毬を散らしています。石楠花はもう花の終わりでした。
三重塔の奥の休憩所では20人位の団体がお弁当を広げていました。
大庇よき風来たり青葉寺 常朝
都忘れ供花の如くに石仏 常朝
(岩船寺山門)
(岩船寺本堂)
(都忘れの花)
(オオデマリ)
その後、城陽市の杜若(カキツバタ)園を見ようと北の加茂から163号線を
西へ24号線へと向かいましたが、道を間違えて東の笠置へ遠回りしたのち、
163号から24号線に入り、1時すぎ城陽市の「さがみ」で遅い昼食をいただきました。
親切な女店員が杜若園(畑)への地図と花卉工場への地図を描いてくれたので、
迷わず城陽市観音堂地区の杜若畑に行くことができました。
「さがみ」からは南東1.5キロくらいの、南城陽中学校の西側の水田を転作した
杜若畑です。
我々が見て歩いたのは南側の奥の畑でしたが、周囲をあわせると
4~5ヘクタールはあると思われる水田跡の杜若畑で、殆どの畑がちょうど満開で、
常時地下水をポンプで汲み上げ補水していました。
道脇の泥田には雨乞い地蔵の社があり、水の好きな地蔵様を土中から引き上げ
お祀りすると雨が降るそうです。
杜若畑の隣にはユーカリ、栗、桃なども植えられていました。
眼前に広がるカキツバタを見ていると涼しい風がきて、
青紫の花や葉が揺れ、隙間の水面には太陽がまぶしいほどでした。
杜若水面の日輪まぶしくて 常朝
杜若どれか揺れゐる園広し 常朝
(城陽市の雨乞い地蔵社)
(雨乞い地蔵説明板)
(杜若(カキツバタ)園)
その後奈良へ戻り、旧ドリームランド前のCOCOSで小句会後
解散しました。気の早い台風一過後のさわやかな5月の一日でした。
ラベル:
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2015年4月25日土曜日
211.伊賀森林公園、上野城から正月堂
「アカシア紀行・俳句」2015年4月22日(水) 前へ 次へ
穀雨の低気圧が去り、久しぶりの春らしい爽やかな快晴の日、
いつものメンバー5人で、伊賀上野の森林公園、上野城から島ヶ原の
正月堂を訪ねました。
9時すぎ名阪国道の針テラスで集合して、まず上野森林公園を訪ねました。
上野森林公園は上野インターチェンジの東にある、広大な公園で、
野外活動や散策の場となっているようです。
我々が駐車した展示館の下の駐車場には、他に車がなく、
時々ランニングの人や、散策の夫婦づれが花壇などを見にくる程度でした。
(駐車場へは、上野東より友生インターチェンジからの方が近かったです)
展示館はビジターコテージというそうですが、中には野鳥や植物のパネル、
標本などの展示室と工作などの研修室がありますが、無人でした。
北西側には大きな池がありますが立入禁止となっており、
北東の低地には湿生園とその下の池があります。
桜は大方散っており、クヌギなどの若葉が綺麗でしたが、土手の土筆はやせており、
やや人工的な庭園で作句はややむずかしい感じでした。
湿生園草低くして春の水 常朝
公園の土手の土筆の痩せゐたる 常朝
(展示館:クリックで拡大:以後同じ)
(花壇)
(湿生園)
その後上野城を訪ね、芭蕉記念館の南の駐車場に500円を収めて駐車しました。
城の坂道の木々には花見の提灯がまだ掛っていました。
坂の上には白い天守閣が青空に映え、樫の花穂が垂れていました。
左側の濠には蝶が飛び、藤堂高虎公の設計でしょうか、美しい石垣の隙間には
イタドリ(虎杖)が生えていました。
しばらく場内を散策後12時前、西大手の田楽座「わかや」で
木の芽田楽をいただきました。木の芽らしいものは田楽の豆腐に見えなかった
ですが、串に焼いた豆腐はおいしかったです。
木の色の蝶の越えたる城の濠 常朝
田楽食ふガラスの窓に木の緑 常朝
(上野城)
(濠と城壁)
(田楽座の調理室)
食後、163号線を西へ約10キロの島ヶ原にある「正月堂」を訪ね参拝しました。
正月堂は観菩提寺ともいい、奈良時代二月堂を建てた実忠和尚が
創建したという古いお寺です。
境内の本堂の裏手には石仏の道があり、その右手の宝庫の脇に
波波迦(ははか)の木が白い房の花を咲かせています。
波波迦はウワミズザクラともいい、古事記では天香具山神社のこの木と
雄鹿の肩の骨で占いをしたとのこと。
境内には龍のような顔の石亀の上に載せた大きな水瓶が
天辺から水を落としていました。
また本堂右手の山に大きな松がそびえて緑が際立っていました。
宝庫の壁少し崩れて波波迦咲く 常朝
正月堂大樹の松の緑映ゆ 常朝
(正月堂)
(山門)
(波波迦の花:ウワミズザクラ)
(説明板)
(福岡醤油店の「はさめず」)
その後お寺の東の福岡醤油店で「はさめず」醤油などを買い、
名阪国道・針テラスのメルカート・ロッソで小句会後解散しました。
穀雨の低気圧が去り、久しぶりの春らしい爽やかな快晴の日、
いつものメンバー5人で、伊賀上野の森林公園、上野城から島ヶ原の
正月堂を訪ねました。
9時すぎ名阪国道の針テラスで集合して、まず上野森林公園を訪ねました。
上野森林公園は上野インターチェンジの東にある、広大な公園で、
野外活動や散策の場となっているようです。
我々が駐車した展示館の下の駐車場には、他に車がなく、
時々ランニングの人や、散策の夫婦づれが花壇などを見にくる程度でした。
(駐車場へは、上野東より友生インターチェンジからの方が近かったです)
展示館はビジターコテージというそうですが、中には野鳥や植物のパネル、
標本などの展示室と工作などの研修室がありますが、無人でした。
北西側には大きな池がありますが立入禁止となっており、
北東の低地には湿生園とその下の池があります。
桜は大方散っており、クヌギなどの若葉が綺麗でしたが、土手の土筆はやせており、
やや人工的な庭園で作句はややむずかしい感じでした。
湿生園草低くして春の水 常朝
公園の土手の土筆の痩せゐたる 常朝
(展示館:クリックで拡大:以後同じ)
(花壇)
(湿生園)
その後上野城を訪ね、芭蕉記念館の南の駐車場に500円を収めて駐車しました。
城の坂道の木々には花見の提灯がまだ掛っていました。
坂の上には白い天守閣が青空に映え、樫の花穂が垂れていました。
左側の濠には蝶が飛び、藤堂高虎公の設計でしょうか、美しい石垣の隙間には
イタドリ(虎杖)が生えていました。
しばらく場内を散策後12時前、西大手の田楽座「わかや」で
木の芽田楽をいただきました。木の芽らしいものは田楽の豆腐に見えなかった
ですが、串に焼いた豆腐はおいしかったです。
木の色の蝶の越えたる城の濠 常朝
田楽食ふガラスの窓に木の緑 常朝
(上野城)
(濠と城壁)
(田楽座の調理室)
食後、163号線を西へ約10キロの島ヶ原にある「正月堂」を訪ね参拝しました。
正月堂は観菩提寺ともいい、奈良時代二月堂を建てた実忠和尚が
創建したという古いお寺です。
境内の本堂の裏手には石仏の道があり、その右手の宝庫の脇に
波波迦(ははか)の木が白い房の花を咲かせています。
波波迦はウワミズザクラともいい、古事記では天香具山神社のこの木と
雄鹿の肩の骨で占いをしたとのこと。
境内には龍のような顔の石亀の上に載せた大きな水瓶が
天辺から水を落としていました。
また本堂右手の山に大きな松がそびえて緑が際立っていました。
宝庫の壁少し崩れて波波迦咲く 常朝
正月堂大樹の松の緑映ゆ 常朝
(正月堂)
(山門)
(波波迦の花:ウワミズザクラ)
(説明板)
(福岡醤油店の「はさめず」)
その後お寺の東の福岡醤油店で「はさめず」醤油などを買い、
名阪国道・針テラスのメルカート・ロッソで小句会後解散しました。
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2015年4月13日月曜日
210.奈良・下市町才谷の稲荷桜から吉野山
「アカシア紀行・俳句」2015年4月11日(土) 前へ 次へ
数日続いた花の雨が止んだ土曜日、いつものメンバー5人で、
奈良県下市町才谷(さいたに)から吉野山蔵王堂の花会式を訪ねました。
(参照:アカシア紀行60:宮滝から蔵王堂)
橿原観光ホテルでで9時半集合し、169号線を南下、下市町の才谷から
吉野山へ登る途中でさらに山道を南へ登り稲荷桜を訪ねました。
稲荷桜は、数年前NHKで放映されたという樹齢350年の山桜です。
高さ10メートル、幅15メートル位の山桜でちょうど満開でした。
木の下に小さな稲荷神社があり、怖い顔の狛狐が社を守っていました。
しばらく周囲の景色などをみていたら、見たことのあるようなご老人が
坂道を登ってこられ、よく来てくれたといわれました。
話しているうちに従兄弟の妻の父上であることがわかり、
お互いびっくりしました、
稲荷桜の下の小学校の廃校の庭にある数本の桜のうち、
2本も父上が若いころ植えられたそうです。
稲荷桜には肥料もあげているが老化で南側の太枝は切らざるを
得なかったようです。
土手のキランソウを見たり、野萱草の若芽を摘んだりしたあと、
廃校の上の道を散策、あけびの花など見てから吉野山へ走りました。
鳶鳴く山の頂山桜 常朝
廃校に鐘の残りて通草咲く 常朝
(稲荷桜:クリックで拡大:以後同じ)
(稲荷社:下市町才谷)
(才谷の山の家)
(通草の花)
吉野山の勝手神社の下の大日寺の駐車場は満車だったので、
山道に駐車しました。
昼前だったので、近くの食堂「静亭」で昼食をいただきました。
たまたま室内は満席で、テラスの席でしたが、テラスからは
中の千本の殆ど全部を見ることができました。
満開の時期を少し過ぎていたようですが、近くの山桜は
最高にきれいでした。
その後、蔵王堂へ歩きました。
吉野山の狭い道に人が多くて、まるで銀座や心斎橋を歩いているようでした。
どこの国かわからない外国語も聞こえました。
蔵王堂では、花供会式の法要が終わって護摩を焚いていました。
大きな護摩壇が組まれ、左右に30人位の行者が錫杖を振り鳴らしながら
般若心経などを唱えていました。
護摩の炎は6~7メートルも上がり、煙の中に桜の花びらが
散っては吹き上げられて、いかにも花供養の儀式でした。
花供会式は吉野全山の桜を蔵王権現にお供えする法要とのことです。
仏へのお供えなので、昔から吉野の桜が守られてきたのでしょう。
桜寄進を募るチラシも配布されていました。
護摩法要が終わったあと、境内で御供撒きがあり、赤鬼青鬼も交えて、
舞台からかなりのお餅が撒かれて、数個ずつ拾うことができました。
蔵王堂の傘立てに落ちていた餅や上着の襟に入っていた餅も
ありました。
私は近くの脳天さんへお参りにと石段を数百段降りましたが、
足が痛くなってあと百段位であきらめ遥拝しました。
途中に大きな役行者像がありました。
山桜山のけむりのたゆたひて 常朝
花びらの心のごとくゆれてゆく 常朝
落椿供へてありし行者像 常朝
(吉野山:中千本の桜)
(花供会式の護摩の炎)
(花供会式の護摩)
(御供撒きの舞台)
(蔵王堂)
今回は蔵王堂本堂の中に入らず、車で如意輪寺の上の道路をゆっくり通って、
吉野駅の北側に降り、橿原観光ホテルで小句会後解散しました。
ホテルを出た5時頃は青空が見えていました。
数日続いた花の雨が止んだ土曜日、いつものメンバー5人で、
奈良県下市町才谷(さいたに)から吉野山蔵王堂の花会式を訪ねました。
(参照:アカシア紀行60:宮滝から蔵王堂)
橿原観光ホテルでで9時半集合し、169号線を南下、下市町の才谷から
吉野山へ登る途中でさらに山道を南へ登り稲荷桜を訪ねました。
稲荷桜は、数年前NHKで放映されたという樹齢350年の山桜です。
高さ10メートル、幅15メートル位の山桜でちょうど満開でした。
木の下に小さな稲荷神社があり、怖い顔の狛狐が社を守っていました。
しばらく周囲の景色などをみていたら、見たことのあるようなご老人が
坂道を登ってこられ、よく来てくれたといわれました。
話しているうちに従兄弟の妻の父上であることがわかり、
お互いびっくりしました、
稲荷桜の下の小学校の廃校の庭にある数本の桜のうち、
2本も父上が若いころ植えられたそうです。
稲荷桜には肥料もあげているが老化で南側の太枝は切らざるを
得なかったようです。
土手のキランソウを見たり、野萱草の若芽を摘んだりしたあと、
廃校の上の道を散策、あけびの花など見てから吉野山へ走りました。
鳶鳴く山の頂山桜 常朝
廃校に鐘の残りて通草咲く 常朝
(稲荷桜:クリックで拡大:以後同じ)
(稲荷社:下市町才谷)
(才谷の山の家)
(通草の花)
吉野山の勝手神社の下の大日寺の駐車場は満車だったので、
山道に駐車しました。
昼前だったので、近くの食堂「静亭」で昼食をいただきました。
たまたま室内は満席で、テラスの席でしたが、テラスからは
中の千本の殆ど全部を見ることができました。
満開の時期を少し過ぎていたようですが、近くの山桜は
最高にきれいでした。
その後、蔵王堂へ歩きました。
吉野山の狭い道に人が多くて、まるで銀座や心斎橋を歩いているようでした。
どこの国かわからない外国語も聞こえました。
蔵王堂では、花供会式の法要が終わって護摩を焚いていました。
大きな護摩壇が組まれ、左右に30人位の行者が錫杖を振り鳴らしながら
般若心経などを唱えていました。
護摩の炎は6~7メートルも上がり、煙の中に桜の花びらが
散っては吹き上げられて、いかにも花供養の儀式でした。
花供会式は吉野全山の桜を蔵王権現にお供えする法要とのことです。
仏へのお供えなので、昔から吉野の桜が守られてきたのでしょう。
桜寄進を募るチラシも配布されていました。
護摩法要が終わったあと、境内で御供撒きがあり、赤鬼青鬼も交えて、
舞台からかなりのお餅が撒かれて、数個ずつ拾うことができました。
蔵王堂の傘立てに落ちていた餅や上着の襟に入っていた餅も
ありました。
私は近くの脳天さんへお参りにと石段を数百段降りましたが、
足が痛くなってあと百段位であきらめ遥拝しました。
途中に大きな役行者像がありました。
山桜山のけむりのたゆたひて 常朝
花びらの心のごとくゆれてゆく 常朝
落椿供へてありし行者像 常朝
(吉野山:中千本の桜)
(花供会式の護摩の炎)
(花供会式の護摩)
(御供撒きの舞台)
(蔵王堂)
今回は蔵王堂本堂の中に入らず、車で如意輪寺の上の道路をゆっくり通って、
吉野駅の北側に降り、橿原観光ホテルで小句会後解散しました。
ホテルを出た5時頃は青空が見えていました。
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2015年3月22日日曜日
209. 御所市・高天彦神社から橋本院
「アカシア紀行・俳句」2015年3月19日(木) 前へ 次へ
彼岸の入りの2日目、朝から本格的な雨の日、いつものメンバー6人で、
奈良県御所市の高天彦(たかまひこ)神社から橋本院を訪ねました。
雨の中、葛城市の屋敷山公園駐車場で9時半集合し、山麓線(30号線)を
約8キロ南下、高天・橋本院の案内板のある角を右折、約1キロ登ると、
高天彦神社の駐車場です。(参照 アカシア紀行84)
高天彦神社は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)、市杵島姫命(いちきしまひめ)、
菅原道真公を祀る、金剛山の麓の古式豊かな神社です。
遠くからでも本殿の赤い瓦が目に入ります。
駐車場の南側に「鶯宿梅」(おうしゅくばい)の3分咲き以上の白梅の花が
雨に打たれていました。
50メートル程の参道の両側には巨大な杉の木が並び、神社の周囲も
うっそうとした杉の老木で囲まれています。
幹から泡を流している巨木もあります。
参道を登ると左手に手水があり、山の春水が勢い良く出っぱなしに
なっていました。
境内の左手には拝殿兼の休憩所があり、木製の長椅子が置かれています。
我々は休憩所を基地として、傘をさして本殿を参拝、周囲を散策しました。
境内の外の細い道には石の福蛙が置かれ、碁石の目玉も雨に濡れていました。
鳥居に向かって左の山道は郵便道と言われる金剛山登山道ですが、
2013年9月の台風18号で崩落し、通行できないようです。
御手洗の春水はげし出っぱなし 常朝
福蛙の目は黒碁石春の雨 常朝
(高天彦神社:クリックで拡大:以後同じ)
(鶯宿梅)
(鶯宿梅説明板)
(蛙石)
(郵便道通行止め案内)
(売店)
その後御所駅の北の寿司店「夢宗庵」で昼食(柿の葉すし付の盛合せ)を
いただき、再び高天に戻って、橋本院を訪ねました。
高天彦神社から北東へ約600メートル狭い道を走ると、棚田のやや下の
ほうに見えるのが橋本院です。
橋本院は奈良時代行基によって建てられた高天寺の子院で、
南北朝時代、北朝方に焼き討ちされ、江戸時代真言宗の寺として再興され、
本尊の十一面観音像を祀っているようです。
黒い木造の山門を入ると右手に弘法大師像と護摩堂があります。
境内の北側(左手)は広い庭園で蝋梅がやや白っぽくなっていました。
周囲の山には雨のせいでしょうか春の霧がゆっくり登っていきます。
南側は庫裏があり、前庭には池に枝を伸ばす山茱萸(さんしゅゆ)が満開
でした。 縁側からは雛壇が見えます。
庭から南へ急峻な崖があり、コンクリートの護岸壁を見ていたら、
ご住職が出て来られて、右手の池に水芭蕉が咲く頃と教えてくれました。
桜の大木が崖上の右手の庭にあったのが、数年前台風で根こそぎ
飛ばされて、崖下の砂防ダムに落ちたので、切って埋めたそうです。
6月頃は、蓮やあじさいが見られるそうです。
縁側に雛壇見ゆる山の寺 常朝
寺山をゆっくり登る春の霧 常朝
(橋本院)
(弘法大師像と護摩堂)
(庫裏の盆梅)
(庭の蝋梅)
やや小止みになった雨の中、しばらく境内を散策後、お寺を出ました。
なだらかな棚田と藪が雨にぬれる様子は、日本的な美しい風景でした。
その後橿原観光ホテルで小句会後解散しました。
朝から句会終了の3時半頃まではずっと雨でしたが、葛城の穏やかな風景を
楽しんだ一日でした。
彼岸の入りの2日目、朝から本格的な雨の日、いつものメンバー6人で、
奈良県御所市の高天彦(たかまひこ)神社から橋本院を訪ねました。
雨の中、葛城市の屋敷山公園駐車場で9時半集合し、山麓線(30号線)を
約8キロ南下、高天・橋本院の案内板のある角を右折、約1キロ登ると、
高天彦神社の駐車場です。(参照 アカシア紀行84)
高天彦神社は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)、市杵島姫命(いちきしまひめ)、
菅原道真公を祀る、金剛山の麓の古式豊かな神社です。
遠くからでも本殿の赤い瓦が目に入ります。
駐車場の南側に「鶯宿梅」(おうしゅくばい)の3分咲き以上の白梅の花が
雨に打たれていました。
50メートル程の参道の両側には巨大な杉の木が並び、神社の周囲も
うっそうとした杉の老木で囲まれています。
幹から泡を流している巨木もあります。
参道を登ると左手に手水があり、山の春水が勢い良く出っぱなしに
なっていました。
境内の左手には拝殿兼の休憩所があり、木製の長椅子が置かれています。
我々は休憩所を基地として、傘をさして本殿を参拝、周囲を散策しました。
境内の外の細い道には石の福蛙が置かれ、碁石の目玉も雨に濡れていました。
鳥居に向かって左の山道は郵便道と言われる金剛山登山道ですが、
2013年9月の台風18号で崩落し、通行できないようです。
御手洗の春水はげし出っぱなし 常朝
福蛙の目は黒碁石春の雨 常朝
(高天彦神社:クリックで拡大:以後同じ)
(鶯宿梅)
(鶯宿梅説明板)
(蛙石)
(郵便道通行止め案内)
(売店)
その後御所駅の北の寿司店「夢宗庵」で昼食(柿の葉すし付の盛合せ)を
いただき、再び高天に戻って、橋本院を訪ねました。
高天彦神社から北東へ約600メートル狭い道を走ると、棚田のやや下の
ほうに見えるのが橋本院です。
橋本院は奈良時代行基によって建てられた高天寺の子院で、
南北朝時代、北朝方に焼き討ちされ、江戸時代真言宗の寺として再興され、
本尊の十一面観音像を祀っているようです。
黒い木造の山門を入ると右手に弘法大師像と護摩堂があります。
境内の北側(左手)は広い庭園で蝋梅がやや白っぽくなっていました。
周囲の山には雨のせいでしょうか春の霧がゆっくり登っていきます。
南側は庫裏があり、前庭には池に枝を伸ばす山茱萸(さんしゅゆ)が満開
でした。 縁側からは雛壇が見えます。
庭から南へ急峻な崖があり、コンクリートの護岸壁を見ていたら、
ご住職が出て来られて、右手の池に水芭蕉が咲く頃と教えてくれました。
桜の大木が崖上の右手の庭にあったのが、数年前台風で根こそぎ
飛ばされて、崖下の砂防ダムに落ちたので、切って埋めたそうです。
6月頃は、蓮やあじさいが見られるそうです。
縁側に雛壇見ゆる山の寺 常朝
寺山をゆっくり登る春の霧 常朝
(橋本院)
(弘法大師像と護摩堂)
(庫裏の盆梅)
(庭の蝋梅)
やや小止みになった雨の中、しばらく境内を散策後、お寺を出ました。
なだらかな棚田と藪が雨にぬれる様子は、日本的な美しい風景でした。
その後橿原観光ホテルで小句会後解散しました。
朝から句会終了の3時半頃まではずっと雨でしたが、葛城の穏やかな風景を
楽しんだ一日でした。
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