2015年10月13日火曜日

222. 栗拾いから楠公奉建塔

「アカシア紀行・俳句」2015年10月12日(月)    前へ    次へ

 秋らしい良い天気となった体育の日、いつものメンバー6人で、
富田林市のやまびこ園から千早赤阪村の楠公奉建塔を訪ねました。

 やまびこ園は、富田林市の南の低い山中にあり、栗拾い、みかん狩り、芋掘りなどを楽しめる
200メートル四方ほどの観光農園で、富田林「かんぽの宿」、龍泉寺を目標に進むとすぐ近くです。
我々は、9月中旬からのシーズンで今日が最後と言われた栗拾いを楽しみました。

 栗拾いは、一人500グラムまでは料金(1050円)内ということですが、
超えると100グラム100円で買い取ることができます。
逆に500グラム以上は拾わないと売ってもらえません。

 高いのか安いのかわからないような料金ですが、秋の自然を楽しみながら、
なかなか経験できない栗拾いを楽しめるは、値打ちがあるのでしょう。
我々が山を降りる12時過ぎでも、次から次へと家族連れの車が山を登ってきました。

 山上の事務所で料金を払い、日に焼けた係員から、ルールの説明を受け、
袋に入る貴重品以外は、事務所に預けて、栗山への石段を降り、栗山に入りました。

         (栗拾い説明板:クリックで拡大:以後同じ)

 栗山は、周囲2~3百メートル位の山の斜面で、約100本の比較的大きな栗の木があり、
その下にはすでに沢山の「いが」が落ちています。
しかし、落ちている「いが」はすべて空っぽで、栗の実が「いが」の間に落ちていました。

 栗山は急なので、上の人が触れた栗の実が下へコロコロと落ちてきます。
中には、通草の実も落ちていました。枝に残っている数少ない栗を落として
「いが」をあけようとがんばっている人もいます。
かわいい男の子が拾った栗を父親に得意気に見せていました。

 500グラムぐらいはすぐに拾えたのですが、中身の十分ありそうな、
美味しそうな栗だけ残して、あとは山中に撒いてきました。

 出口では、係の男性が、一人ひとりの袋の栗を測り、500グラム以下なら追加し、
500グラムを越えた分は料金を集めていました。
山中で栗を拾うことは時々ありますが、このように栗拾いを、お客に組織的に
させるシステムは始めてで、それなりによく考えられていて面白いと思いました。


       畑坂を転がり来たる栗拾ふ     常朝

       口あけてひょうけてゐたる栗の毬  常朝


その後、近くの「かんぽの宿」のレストランで昼食をいただき、
千早赤阪村の楠公奉建塔を訪ねました。
場所は千早赤阪村役場の南東500メートル、郷土資料館の南です。

 ここは6年前、弘川寺のあと訪ねましたが、見晴らしの良いところです。
案内板の「まさしげくん」に迎えられ、塔の下までの石段を登ると、
高さ13メートルの塔がそびえるように立っており、黄金色に稔った棚田や畑の柿の木が見えます。
また棚田の上に家が数軒立っています。

 塔の裏側へ歩くと、サツキの苗木畑があり、そのうちの2、3本には返り花が赤く咲いています。
さらにその奥には昭和50年建設とある、農水用の水槽が放置されていました。
おそらく植木の苗木畑のスプリンクラー用の水槽だったのでしょうが、
今は水もなく、配管なども錆びていました。
苗木畑も今は手入れされていないようです。

 塔の下の道に戻り、農婦が藁(わら)を束ねている田のそばで猪垣を補修している
男性に色々お聞きしました。
束ねているのはコンバインで一列分だけ藁を刻まないように操作して残した藁で、
西瓜畑などの敷藁にするそうです。
猪垣はコンバインを田に入れるため一部開いたのを元に戻して、
猪が入って暴れないようにしているとのこと。
世間は狭いものでメンバーの生家と多少縁のあった会社に勤務されているようです。


       楠公碑見上ぐ皐月の返り花     常朝

       家の下に棚田稔れる河内かな    常朝

         (楠公奉建塔案内板)
          (奉建塔説明板)
         (奉建塔)
   奉建塔の文字は正成の旗印「非理法権天」で、非は道理に勝てず、道理は法に勝てず、
法は権力に勝てず、権力は天命に勝てないとの意味らしいです。


       (サツキ返り花)    
         (奉建塔裏側の水槽表示板)
         (水槽跡)
         (敷藁を束ねる農婦)

 その後、170号線の「ガスト」富田林店で小句会後解散しました。
暑からず寒からず心地よい風が吹くなか、秋の味覚の栗を十分拾って
意気揚々(?)と帰ったさわやかな一日でした。

2015年9月24日木曜日

221. 月待ちの宴から平城京跡

「アカシア紀行・俳句」2015年9月23日(水)    前へ   次へ

 好天が続いた秋の5連休の最後の日、いつものメンバー6人で、
奈良のメンバーの自宅で月待ち会をしました。
旧暦23日は二十三夜待ちの日で、昔は深夜に出る二十三夜の月を待つため、
集まって供え物をしたり食事を楽しんだとのことです。

 この日は新暦23日なので月齢は9.8、月の出は午後2時で、月を待つ必要はありませんが、
我々も故事にならい、部屋の隅に机を出し、月見団子とススキと萩の代わりの紫苑(よなべばな)
を活けて月に供え、ちょっと早いですが午後3時集まり、雑談と宴会を楽しみました。

 庭の金木犀はまだ蕾ですが秋風が香りを送っていました。
5時頃から宴をゆっくりすすめ、6時半頃お月見のため平城京跡へ移動しました。

       月待ちに寺の後継ぎ話出て      常朝

       よなべばな青磁に活けて月を待つ  常朝


 平城京跡の駐車場は5時で閉まっていたので、道の北側の空き地に駐車し、
草原のなかの道をゆっくり歩きました。

 駐車場入口から歩き始めるとすぐに虫の声があちこちで聞こえ、
なかでも、「チンチロリン」とかわいい声で松虫が鳴いていました。
鉦叩や邯鄲(かんたん)は聞き取れなかったですが、コオロギの色々な声が、
混じりあって虫の合唱コンクールのようでした。

 空の三分の一くらいはうろこ雲がうすくかかって、その中にきれいな半月(十日月)が見え、
待っていると雲から完全に出て明るくなりました。

 西のほうの木の間には 大極殿がライトアップされて美しく見え、
南側には、イトーヨーカドーや朱雀門らしい建物が明るくみえます。
時おり、機灯を美しく点滅しながらジェット機が西から東へ飛んでいきます。
夜7時前から平城京跡の夜の大空と半月、虫の声を楽しんで8時前解散しました。


       文字通りチンチロリンと虫鳴けり  常朝

       うろこ雲出し月照らす大極殿    常朝


 この時期の夕刻平城京跡に数千羽集まったはずの燕達は、もうすでに草の中で寝ているようで、
静かでのんびりと過ごした、さわやかな一日でした。

2015年9月11日金曜日

220. 奈良・般若寺から恭仁京跡など

「アカシア紀行・俳句」2015年9月10日(木)    前へ   次へ

 台風18号が日本海へ去り、数日間の雨模様が終わった日、
いつものメンバー6人で、奈良・般若寺などを訪ねました。
(同じ日、東北地方の線状降水帯のため堤防決壊など大水害がありました)

 般若寺は、いただいた案内書によると、飛鳥時代高句麗僧・慧法師によって開かれ、
聖武天皇が大般若経を基壇に納め卒塔婆を建てられたのが、寺名の起こりとのこと。
平家による南都攻めで燃やされ、鎌倉時代に叡尊上人らの力で再建されたようです。
 
 いまは、コスモスの寺として参拝者が絶えないようです。
我々が500円を納めて入山すると、入口には山吹の返り花がきれいに咲き、
秋海棠がうす紫の花を参道に散らしていました。

 あちこちに石仏があり、周囲にはきれいにコスモスの花壇が作られています。
花壇や広島長崎の火を灯す平和の塔などを見ていたら、
年配の男性が、この寺には重要な文化財は色々あるが国宝は楼門だけとか、
叡尊上人が般若経に縁のある文殊菩薩像をこの寺の本尊にしたとか、
おそらく日本一高い十三重の石塔の基部の面は普通梵字だが、
この寺のは釈迦如来など仏像の線刻だとか、笠塔婆は見なさい、
とか色々ガイドをしてくれました。
冊子マイ奈良の表紙写真を提供しているとのこと。

 昔訪ねた時はなかった石柱の句碑、たとえば正岡子規の

       般若寺のつり鐘ほそし秋の風

の句碑などがあちこちにあります。
   
 コスモスの間をぬって、楼門、経蔵、笠塔婆、本堂を拝観しました。
本堂で文殊菩薩を参拝していたら高い鈴虫の声が聞こえたので、
スピーカーの音かと思って堂内をよく見ると、右手の叡尊像のすぐ左に
ガラスの箱があり中で本物の鈴虫が鳴いていました。

 叡尊の五鈷杵(ごこしょ)の鈴の音が大変よかったので「鈴虫」と
呼ばれていたことに因んで、篤志家が鈴虫を寄贈されているようです。

       般若寺の八重山吹の残り花    常朝

       秋桜ゆれて微笑む石仏      常朝

         (般若寺案内図:右下入口:クリックで拡大:以後同じ)       
          (石仏とコスモス)
         (十三重石塔)
         (ひつじ草)    
         (子規の句碑)
         (楼門)
         (笠塔婆)
         (本堂)

 その後、寺の向かいの植村牧場のレストラン「いちづ」で昼食をいただき、
加茂駅前を通って木津川(加茂大橋)を渡り、恭仁京跡を訪ねました。
途中から雨となりましたが、十分くらい待つと小止みになりました。
駐車場西の大極殿跡は草原ですが、大きなイチョウの木から銀杏が
落ちており、赤や白のウマゴヤシ(クローバー)の花が咲いています。

 大極殿跡の右(北)から細い流れが、宮跡を抜けて、南の木津川の方へ
澄んだ秋の水を流しています。広場の東の端の国分寺跡の礎石には、
柿の実がいくつも落ちていますが、殆ど鴉がいたずら喰いをしていました。
広場の木の根元には10センチほどの白いボールのような茸(オニフスベ)
があり、割ってみると、白いマシュマロのようで美味しそうでした。
すぐ横に大きな赤黄色の乳茸(チチタケ)が10センチ位の傘を広げていました。

 前回訪ねた時は、隣の恭仁小学校の生徒が遊んだり木の実を
拾っていましたが、今日は誰も出ておらず、雨模様の中、体育館の
補強工事の業者の人が数人動いていました。

       柿の実のあまた落ちたる大礎石   常朝

       宮跡に乳茸紅し雨上がり      常朝

         (植村牧場いちづ)       
         (恭仁京大極殿跡)
         (恭仁京大極殿跡のイチョウ)
         (恭仁京跡のオニフスベ)  
         (国分寺跡)

 その後、笠置のトンネルを越えてすぐ右の旧「笠置観光ホテル」の廃墟を
少し見たあと、500メートルほど先の沈下橋を訪ねました。

 台風18号のため増水した木津川の水面すれすれに欄干のない
幅2メートル程のコンクリート橋が、水流に耐えていました。
坂の空き地に駐車させてもらい、橋の上をしばらく歩きました。
橋桁の底の面を洗いながら水が流れ、下流側には渦が巻いて
沸き上がるようでした。

 しばらくすると、地元の人の軽自動車が通られたので聞くと、昨日は水面は
橋より2メートルも高かったとのこと。坂の土手を見ると、確かに2メートル程の
高さの草の葉に砂がかかっていました。

       沈下橋の渦沸き上がる秋出水   常朝

       仙人草土手にありたる沈下橋   常朝

         (旧笠置観光ホテル廃墟)       
         (笠置東の木津川枕水橋)

 その後、奈良の植村牧場のレストラン「いちづ」で小句会ご解散しました。
台風一過の爽やかながら、暑いほどの日差のあと通り雨がくるような
めまぐるしい天気の一日でした。

2015年8月25日火曜日

219. 奈良・元興寺地蔵盆

「アカシア紀行・俳句」2015年8月24日(月)    前へ   次へ

 台風15号が沖縄にせまりながらも、近畿地方は晴れた8月処暑の頃、
いつものメンバー5人で、元興寺地蔵盆を訪ねました。

 元興寺は、奈良時代飛鳥から奈良の都へ移転され今は奈良町にある
世界遺産の古寺です。
以前は東大寺などに並ぶ大寺で今の奈良町全体が境内だったようですが、
平安時代以降衰退、火災などで五重塔などもなくなり、お堂の一つであった
極楽坊が今の寺となったようです。
本堂の屋根瓦の一部は飛鳥時代の古瓦で、丸瓦は行基葺きと言われる
重ね方だそうです。

 我々は2時過ぎ若草パーキングに駐車して、境内に入りました。
すでに10ほどの屋台がでて、外国の料理なども売りだされていました。

 境内の五輪の塔や石仏の庭(浮図田:ふとでん)では、若い男女が
灯明皿を周囲に並べて油を注ぎ、灯心を置いていました。
また本堂右のテントでは来年用の灯明皿造りをしていました。

         (元興寺山門:クリックで拡大:以後同じ)
         (地蔵盆売店)  
         (灯明皿造り)       
         (灯明皿の準備)

 まず本堂に上がり仏壇に安置された大きな木彫の地蔵菩薩を参拝したあと、
周囲に飾られている絵灯籠を拝見しました。
奈良の寺院の管長や、画家、書家、元千代の富士、川瀬直美映画監督などの
寄進された絵灯篭が約50~60個、本堂の3面の目の高さに掛けられています。

 3面の障子が開けられているので、時々涼しい風が本堂を通り抜けます。
大きな仏壇の裏側には、カラフルな智光曼荼羅が掛けられ、周囲には、
盆景の鉢などが、お供えとして置かれていました。

 堂縁では子供たちが5、6人、「じゃんけん」でもらったという恐竜や、
電車の模型を並べて遊んでいました。
その後4時前まで各自が境内を散策して、五輪の塔や石仏の庭(浮図田:
ふとでん)などを拝見したあと、屋台の料理や飲み物を買って本堂奥の
蓮鉢のある休憩所で、簡単な夕食をいただきました。

 4時過ぎ係の人がきて、台風が近づいているのでテントを撤去したいと
いうので、我々は食事もそこそこに、極楽坊と禅院の間の軒下に
移動しました。
境内の背の高い百日紅は美しい色を空に浮かせ、本堂周囲の萩は殆どが
蕾で、ちらほら花が見えました。

       堂縁に蕾触れさせ萩の風     常朝

       堂縁に恐竜置く子地蔵盆     常朝

         (元興寺本堂-極楽坊)
         (極楽坊説明板)


 4時半頃から若い男女が手にライターを持って、五輪の塔や石仏の周囲の
灯明皿と蝋燭に順次火を灯して行きました。
何故か石仏の奥の鳳凰の像の灯明皿を最初に灯しました。

 5時頃から本堂で10人位の僧侶による法要が始まり、
5時半頃から浮図田(ふとでん)の五輪の塔の前で、法要後、僧侶が並んで
石仏の間の通路を読経しながら歩きました。

 6時頃から、禅院で、尺八や琴の演奏が奉納され、禅院と浮図田の間の
芝生や庭で参拝者100人位が演奏を聞きました。
尺八は11人の演奏者、琴は10人位の女性達で、
浴衣姿の指揮者が両手を波のように振って邦楽式?の指揮をしていました。
一番幼い娘は琴の演奏の合間に、聴衆に手を振っていました。
我々は女性と幼い娘達による童歌の演奏の途中で6時半頃お寺を辞して、
旧ドリームランド前のCocosでかき氷をいただき小句会後解散しました。

       浮図田の砂利に遊ぶ子地蔵盆    常朝
       琴の娘の間に手を振る地蔵盆    常朝

         (本堂と禅院)
         (浮図田の五輪の塔)          
         (浮図田の石仏)
         (浮図田の法要)
         (禅院での尺八曲奉納)
         (禅院での琴:つむぎ歌奉納)
         (禅院での琴:童歌奉納)

 日差しは暑いながら、秋の気配のする古寺での地蔵盆を味わうことが
できた一日でした。

2015年8月1日土曜日

218. 奈良・洞川龍泉寺から女人結界

「アカシア紀行・俳句」2015年7月30日(木)    前へ   次へ

 下界は猛暑の気温約35度の日、いつものメンバー6人で、
集合地の飛鳥夢販売所から約1時間の奈良・天川村の洞川を訪ねました。
ルートは309号線の下市町、丹生、黒滝、天川村河合から21号線の
虻峠トンネルを越えて北上約3キロです。

 洞川は一昨年も訪ねました(アカシア紀行176) が、
この時期の吟行なら涼しい所をと、修験寺・龍泉寺を再び訪ねました。

 境内には龍王の滝という滝行場や龍の口という湧き水があり、
いくつかある池に引いたり、お堂の周囲の溝に清水を流しています。
湧き水は岩下から流れていますが、柄杓で飲むと冷たく美味しい水でした。
27日のNHKテレビの「ひるブラ」で鈴木ちなみと荒木美和アナウンサーが
洞川を紹介しましたが、荒木さんが龍の口水行場で水行もしていました。
 
 本堂には役行者が祀られ、入口左右に前鬼、後鬼が立っており、
右手に護摩壇があります。
鬼などを見ていたらカナカナが鳴きました。
山門左には、寺が昭和35年まで女人禁制だったための女人結界の石碑が
あります。
また寺務所の玄関には、大きな子犬を背中に載せた狛犬が二頭あり、
左側のは手毬を持っていました。

 そのうち小学3年位の生徒50人ほどが先生に引率され、駐車場から
境内に入り、境内でお弁当を開きました。参拝者も少なく静かだった寺が
にわかに賑やかになりました。

       栃の葉の浮かびてゐたる行者滝   常朝

         (龍泉寺の庭:クリックで拡大:以後同じ)
               (龍の滝)          
         (龍の口湧水)
         (寺務所の手毬を持つ狛犬)

 その後、川の東側の通りを南へ約0.5キロの「とり長」で焼鮎料理をいただき、
店の横の山上川を見ました。
幅10メートル程の川には、虹鱒が百匹以上泳いでおり、
誰かが餌を投げると、整然と上流に向かって並んでいた群の30匹ほどが
瞬時に餌に集まり群が盛り上がるさまは、見事でした。
店主によると、洞川は海抜800メートルもあり、
高野山と同じ位とのことですが、樹木の下でなければ結構暑い感じでした。

       投げし餌に即盛り上がる鱒の群   常朝

       (とり長から見た山上川)
          (山上川のニジマス)

 川を見てから東へ約4キロの大峰山登山口(女人結界)へ行き、
駐車(無料)しました。
山上川の清浄大橋を渡ると、黒い発菩提心門の先に多くの石の供養塔が
あり、その奥が結界の門です。

 右側の大きな灯籠には寄進した大峯講(修行者の結社)の名前「鳥毛組」
「井筒組」の名がありました。
門の手前左に尋ね人(行方不明者)の貼り紙がかけられており、
カナカナが鳴いて手前の広場には竹煮草、山ごぼうが咲いていました。

 前回気がつかなかったのですが、供養塔の左側の森の中に
「自然研究路」の案内板があり、それによると龍泉寺付近まで山上川に
沿って約3キロの森の道で、途中に滝や岩屋もあるようです。
苔が茂っておりいつか歩きたい道です。

       結界に尋ね人札竹煮草       常朝

       大峰の苔茂る道歩きたし      常朝

         (結界の清浄大橋)
         (大峰山登山口の結界)          
         (竹煮草)
         (自然研究路)
(自然研究路案内板)

 その後戻る途中の「ごろごろ水」の南側の「五代松鍾乳洞」へのトロッコ
(モノレール)の乗り場に立ち寄り、案内の人に聞くと、
トロッコは30分程待たなければ6人は乗れないとのことなので、
今回はあきらめて309号線を戻り、橿原観光ホテルで小句会後5時半頃解散しました。

 下界の暑さを忘れて、修験寺の湧き水、女人結界の登山口などを楽しめた一日でした。

2015年7月16日木曜日

217. 祇園祭から御香宮神社

「アカシア紀行・俳句」2015年7月14日(火)    前へ   次へ

 梅雨明け宣言以前の好天の続く最高気温36.5度の日、
いつものメンバー4人で、京都の祇園祭・御香宮神社を訪ねました。
山鉾巡行は17日ですが、日本三大祭の一つの祇園祭は7月一杯続くようです。

 8時半すぎ奈良から京奈和自動車道経由、24号線から四条烏丸の
市営駐車場に着いたのは10時すぎでした。
四条烏丸の交差点に出ると、すでに完成した山鉾が四条通りに見えます。
我々はまず、交差点の東の長刀鉾(なぎなたほこ)を見に移動しました。

 長刀鉾は山鉾巡行の時にいつも先頭をゆく特別な鉾ですが、
四条通りに設置されていて、その前のビル内に鉾宿があります。
鉾宿は町の鉾の関係者の集会所で1階では資料や団扇の配布、2階に
衣装展示などあり、2階から鉾への渡り廊下(橋)があります。
道路にお守りや記念品を売る売店のテントがあり、30人以上の人が
買い物のために並んでいました。

 我々は人混みをかき分けるようにして鉾宿に行き若い男性から
笑顔で竹製の団扇をもらいました。 
お守りなどを買うと2階や鉾への入場券がもらえますが、
長刀鉾は男性しか登れないとなっています。
鉾の土台を見ると、縄を何重にも巻いて装飾品のように見事に、
力強く土台と車輪と鉾をしばっていました。

 我々はその後、函谷鉾、菊水鉾などを見ました。
菊水鉾では休憩のベンチがあったので、休んだあとお守りや記念品を
買い、鉾にも登りました。
鉾の上は意外に広くて、時々涼しい風が来て、スピーカーからの
祇園囃子が聞こえ、町を歩く人々を見下ろして祭気分を味わいました。

       鉾宿の団扇を渡す笑顔かな     常朝

       鉾上に登りて祇園囃子聞く     常朝

         (山鉾マップ:クリックで拡大:以後同じ)       
         (長刀鉾)
         (長刀鉾正面)       
         (函谷鉾)
         (函谷鉾売り場)
         (函谷鉾鉾宿)
         (菊水鉾渡り廊下)
         (菊水鉾の上)

 11時半頃になったので、四条の交差点に戻り、交差点南の
COCON烏丸ビルの地下1階の「すし稲」で昼食をいただきました。
さすがに祇園祭の客が多く、約20分待ちましたが。

 午後の町中は暑いのでこれ以上歩くのはやめて、奈良への途中、
伏見の御香宮神社(ごこうのみや)を訪ねました。

 この神社は、平安時代境内から湧いた香りの良い水を飲むと病が
治ったので、清和天皇から御香宮の名をいただいたそうです。
今も本殿の近くに湧き水の石鉢があります。

 説明板によると、ここは幕末の鳥羽伏見の戦いで薩摩軍の陣地になった
そうです。
幕府軍は南の伏見奉行所近辺にあったのですが、このあたりで官軍が
「錦の御旗」を立てたので幕軍は戦意を失い敗走したそうです。

 境内には小さな神馬堂があり、子馬のような白馬が青いガラスの目を大きく
開けて立っています。
社務所のそばには、大きなソテツの木が幹から羊歯を垂れて立っていました。
夏祓いの人形(ひとがた)が本殿前に置かれていたので、紙の人形に
名前と年齢を書いて社務所に預けました。


       青楓神馬の眼瑠璃の色       常朝

         (御香宮本殿)
          (伏見の戦い説明板:佐藤栄作氏書)
         (御香宮神社香水)
         (御香宮のソテツ)
(御香宮神馬堂)

 帰り道に「かき氷」でもと、般若寺近くの植村牧場に立ち寄り、
牧場の喫茶店に入りました。
結局ソフトクリームのパフェなどをいただき,
ほてった身体から人心地になって奈良市内へ戻りました。

       牧場の山羊の顔見て氷菓食ぶ     常朝

        (植村牧場)      

 暑いながら天気に恵まれ、祇園祭や神社の湧き水を楽しめた一日でした。