2014年9月29日月曜日

198.奈良・白山神社から王龍寺

「アカシア紀行・俳句」2014年9月27日(土)    前へ   次へ

 久しぶりにさわやかな快晴の土曜日、いつものメンバー6人で、
奈良・平群町の白山神社から奈良市の王龍寺を訪ねました。

 9時すぎ、近鉄生駒線の東山駅で集合し、168号線を南へ約2キロの
平群町交番を西へ右折、平群中学校の南の細い道を
北西に少し走ると白山神社の鳥居がみえます。
白山神社は去年も訪ねました。 (参照:アカシア紀行172


 鳥居の奥100メートル位で狭い駐車場があります。
駐車場のそばの放置田には水葵が広がり、紫の花をつけていました。
周囲の田の畦には、やや盛りが過ぎた彼岸花が沢山咲いています。

 境内には、神社の拝殿と弥勒堂、社務所があり、奥の森の中に
道詮律師の墓があります。
道詮師は平安時代に法隆寺夢殿を再建した高僧で、この地に福貴寺を建て、
ここから法隆寺へ通い仏教を伝えたそうです。

 律師の墓は森の中の裏参道の右手にある宝篋印塔です。
社務所の裏の柵には雀瓜が実をつけていました。
右手の池には藻が伸びて、日のあたる藻には小鮒が寄っています。
岸には蛇の衣が2つもあり、池からの流れに露草が青々と咲いていました。
右手の坂上の木々に、通草の実が、3つ、2つとぶら下がっています。



       律師の墓弱き日差に雀瓜     常朝

       池の藻の日差に出たる秋の鮒   常朝

              (白山神社の拝殿:クリックで拡大:以後同じ)          
              (道詮の墓)
             (神社の奥の菊畑)
              (池からの御堂)

 その後、以前にも訪ねた神社の北側の普門院跡を訪ねました。
普門院は福貴寺の60坊もあったという塔頭のひとつで、道詮師の住居で
あったそうです。
 いまは5台分くらいの駐車場に小さな門、句碑、金網で囲まれた寺跡草地が
あるだけです。
駐車場から20メートルほど戻ると、白山神社への下り坂があり、下り口の
木々に先ほど見上げた通草が下がっており、一つだけ採って、中身を6つに分けて
皆で味わいました。ミルクの味がしました。

              (普門院跡の説明板)
              (通草の実)

 その後普門院跡から坂を下りて、交番の西の多良福で昼食をいただき、
168線を北上して戻り、阪奈道路の富雄ICの西600メートルほどの
飛鳥カントリークラブ入り口から、王龍寺を訪ねました。

 王龍寺は、聖武天皇の頃創建され、元禄2年郡山城主本多忠平が
禅宗・黄檗宗の菩提寺として再建されたそうです。
境内には駐車もできる大きな藤棚があり、藤の実が所在なさそうに
垂れていました。

 左には記念物のヤマモモの巨木が庫裏まで枝を広げています。
 本堂の中に磨崖仏があり、電灯でほのかに照らされています。
軒には奉額として、明治時代の大きな句額が二つ掛けられています。

句額は字が薄れて読みづらく、左の句額で何とか読めたのは次の2句だけでした。

       面白い旅は思案の外もあり      歳(山冠に夕)

       肥える筈いつも疲れがたりよらぬ   松栄

              (王龍寺の本堂)
              (句額)

その後奈良の自宅で小句会後、解散しました。
お天気に恵まれた秋のさわやかな1日でした。

2014年9月5日金曜日

197.奈良・毛原廃寺跡から室生西光寺

「アカシア紀行・俳句」2014年9月4日(木)    前へ  次へ


 雨模様の日が続く9月最初の木曜日、いつものメンバー6人で、
奈良・山添村の毛原廃寺跡から室生の西光寺を訪ねました。

 9時すぎ、名阪国道針テラスで集合し、小倉ICから東へ数キロ走って、
奈良万葉ゴルフ場の中の道を東へ、10時前毛原廃寺跡に着きました。

 ここは2年前にも訪ねましたが、奈良時代後期から、
約800年あった大寺のあとで、東大寺の杣(木材をとる山)支配所だった
とされ、説明板によると、金堂は唐招提寺の金堂とほぼ同じ大きさだった
ようです。 南側には山の辺の御井という井戸があります。

  (参照:アカシア紀行158アカシア紀行6

 今は、金堂跡、中門跡、南門の礎石が残っているだけですが、
周囲は農家の畑があり、色々な秋の草花も植えられ、
静かな山村といった感じで、時折涼しい風が通ります。

 金堂跡にあったみかんの木が伐られて切株に白い茸が付いていまいた。
盗人萩が群れ咲く礎石のそばの小池の浮草から蛙が顔を出し、
マルハナバチのような蜂が一匹、ヤブランの花に順番に止まって
小花をこぼしていました。
畑には、百日草、桔梗、いんげん豆の白い花、枝豆の黄色い花、芙蓉、オクラや
百合、ヤブランなどが咲き、青いフォックスフェースの実がついていました。


       廃寺跡谷の風よき花野かな    常朝

       山の辺の暮らし穏やか韮の花   常朝

              (毛原廃寺阯の碑:クリックで拡大:以後同じ)          
              (中門の礎石)
              (山の辺の御井)
              (金堂の地の小池)
              (フォックスフェース)
フォックスフェースは狐の顔ですがまったくその通りで、身も蓋も無い名前の付け方です。

 寺跡を散策後、下の笠間川に行きました。
川へ降りる道の右手に蚕の供養碑があります。
橋は農業車以外は通行止のようで、左手には取水場らしい堰と建物が
あります。橋の向こうは棚田で、稲が黄色く実り、コンバインが一台稲を刈っていました。


              (蚕の供養碑)
              (笠間川の取水堰)          
              (笠間川南の棚田)
昼前、山道(28号線)を南下し、165号線の黒田付近に下りて、
三太夫で昼食をいただきました。

 しばらく休んで、165号線の大野から室生寺の西の
西光寺を訪ねました。
ここは数年前、室生寺に来た時訪ねたことを思い出しました。
大きな枝垂れ桜が何本もの支柱で支えられて立っています。
向かいの家の垣の木からアケビの実が垂れ、下の畑の垣には
蔓にムカゴが付いていました。
山手の家の庭には鶏が放し飼いされていました。


       鶏の一家うろつく花野かな     常朝

       無住寺に二つづつ成る通草かな  常朝

              (西光寺)
              (鶏の一家)

 雨がやや強くなってきたので、
腰折地蔵などには立ち寄らず、仏隆寺を過ぎて西1キロほどの鹿火屋に
少し停車しました。
鹿火屋にはだれもおられず、昔あった焼帛(やきしめ:煙で猪などを追うもの)
はなく、猪垣の上に背の高い電柵が張られ田を囲んでいました。
道路の土手にはフシグロセンノウの橙黄色の花がありした。

              (鹿火屋)


 その後桜井市の天平庵で小句会後、解散しました。
帰り道では青空が少し見えていました。

2014年7月20日日曜日

196.奈良・宇陀市高井宿千本杉、沈下橋から深野

「アカシア紀行・俳句」2014年7月18日(金)     前へ   次へ

 梅雨晴れの金曜日、いつものメンバー6人で、
宇陀市榛原の南にある旧伊勢街道・高井宿の千本杉などを訪ねました。

 奈良方面からは車で国道165号線を東へ、榛原から369号線を南数キロで、
高井交差点があり、その先の角を左折して登ると、旧伊勢街道の
高井宿・千本杉があります。
   (6年前秋にも訪ねましたがそのメモは アカシア紀行74 です)


 狭い街道沿いに、周囲22メートルもの杉の巨木が根元から18本もの幹を
分岐させており、根元に小さな鳥居もあり神杉として祀られています。

そのそばに幅1メートルほどの泉が落ち葉よけでしょうか、立てかけた金網枠で
蓋をされて、湧き水を湛えています。

 金網枠をはずして、そばの長柄杓で水を掬って飲むと、冷たくて、やや
甘い味がしました。

 根元には苔がぎっしり敷いて、小さな雨蛙がいました。
また、太さ3センチほどの大きな山ナメクジもいました。
杉の木の下で休んでいると、時折涼しい風がありました。
伊勢本道の幅は狭く土手には野萱草や姫女苑が咲いていました。

 近くの古民家、津森家、松本家などは人が住んでおられるようなので、
庭などを拝見したあと、昼までは時間があったので宇陀川の沈下橋を
訪ねることにしました。


       大杉に身を寄せをれば風涼し   常朝

       野萱草伊勢本道の土手高し    常朝

              (千本杉の根元:クリックで拡大:以後同じ)
           
              (千本杉)
              (泉)
              (説明板)
              (津越家)
              (松本家)

 165号線の三本松から東3キロくらいで右手に国道をそれて、
宇陀川沿いに1キロほど行くと、安部田の沈下橋があります。
近鉄赤目口駅の直線で西1キロの場所です。

 カラムシと藪枯らしの茂る坂を下りると、幅1.5、高さ1メートルほどの
コンクリートの橋があり、下にはウグイの子が泳いでいます。
対岸にはヒオウギ(射干)が咲き、橋上に伸びた竹に竹の花がありました。


       射干の岸辺に咲けり沈下橋    常朝

       沈下橋通れば触るる竹の花    常朝

              (沈下橋)
           
             (宇陀川)
              (三太夫の門)

 その後、165号線沿いの三太夫で昼食をいただきました。
和風レストラン三太夫の建物は、伊賀忍者百地三太夫の家を
移築したそうで、広さ30坪、天井高5間もありそうな大きな部屋には
柱がありません。庭には大鯉の池、水車、滝などがあり、
ひととき、暑さを忘れました。

 1時半頃、三本松から山道に入り、深野の神明神社を訪ねました。
ここは3年前の早春訪ねたときは、林野庁の人が来るとかで、
村の人々が占地のため松苗を境内に並べたりしていましたが、
今回は誰もおらず、周囲の棚田に青田風が吹いて、鳥と蝉の声だけでした。
棚田に向いた神社の丘には紫陽花が咲いていました。
まだ紫の右手の田からツグミらしい鳥が蛙を咥えて飛び立ち、
電線で数分かけて飲み込みました。
神社前の掲示板には年中行事の表があり、
8月中に風の祈祷をするように、などとありました。
   (3年前のメモは アカシア紀行118 です)

       山中の棚田に遅き七変化     常朝

       風祈祷せよとの掲示夏の杜    常朝

              (神明神社)
              (深野の景色)

しばらく境内や棚田の道を散策して、165号線に戻り、
桜井・阿部の天平庵で小句会後解散しました。

 下界は梅雨晴れ間のむし暑い日でしたが、伊勢街道、宇陀川、深野と
宇陀の山や川の涼風に恵まれた一日でした。 

2014年7月8日火曜日

195.奈良・信貴山のどか村から竜田大社 風鎮祭

「アカシア紀行・俳句」2014年7月6日(日)     前へ   次へ

 朝少し青空も見えた梅雨曇りの日曜日、いつものメンバー6人で、
奈良県生駒郡三郷町の信貴山のどか村から王寺町の竜田大社を訪ねました。

 奈良方面からは車で国道25号線を西に竜田大橋を渡って左折し、
本町1丁目で右折して、宮前橋東を右折、約600メートルで竜田大社です。
我々は9時過ぎ竜田大社駐車場に集合しました。

 今日は竜田大社の風鎮大祭ですが、インターネット情報では午前中は
神事のみとのことで、朝は信貴山のどか村を訪ねることにしました。
信貴山のどか村は信貴山「朝護孫寺」のすぐ南にある、
民営の広大な農業公園です。

 9時半頃駐車場に着き入場券500円を払ってのどか村に入ると、
広い丘に花壇、芝生広場などが見えますが、
我々はまず左手(西側)の体験農場に行きました。

              (のどか村案内図:クリックで拡大:以後同じ)        
            (七夕竹)
              (のどか村の花畑)
途中の花菖蒲の葉に空蝉があったので、取ろうとすると
すぐ近くの葉から蝉が飛び立ちました。
朝生まれたばかりの蝉のようです。
道の左手には合歓の花、右には桜青葉の涼しいトンネルがあり、
通ってトウモロコシの畑に入ると、年配の男性が一人、机を置いて、
直売を始めていました。

 まず客が数十畝もある背高いトウモロコシの畑に入り、
自分の好きな実をとって、畑の外の販売机に持参し、1個150円で買います。
我々の他にも家族連れが2、3組来て、小さい女の子が畑の中から
トウモロコシを抱えて出てきました。

 1個の4分の一位を試食させてくれましたが、生でも柔らかく、
甘みがあり、何よりみずみずしい味でした。
我々も数個ずつ買ってから、南側の土手を登って鶏の庭に行きました。

 最初の鶏のネットは烏骨鶏(うこっけい)でした。
コケコッコーと鳴くと、どこかでホトトギスが鳴きました。
鶏を放し飼いしているネット(10X20メートル位)の中に、籠を持って、
鶏が外に出ないように気をつけて戸を開けて入り、卵を採りました。

 産卵小屋(長さ2~3M)が数個あり、数羽ずつが入って卵を産んでいます。
箱の下の受け棚に落ちる産みたての卵を籠に採り、出口で精算しました。
鶏はボリスブラウンという種で、茶色の卵ですが1個50円でした。

 その後、園内のソフトクリーム店でソフトクリームをいただき、
やぎひつじ牧場を少し見てから売店を覗き、のどか村を出ました。

       温みまだ残りゐるかに蝉の殻     常朝

       とうもろこし触るれば花の散りにけり 常朝

              (トウモロコシ畑)
              (鶏園)
              (産卵小屋)
              (やぎひつじ牧場)

 信貴山観光ホテルへの途中、吊り橋を見ました。
池では3、4人の若者がブラックバス釣りをしていました。

              (吊り橋)

 信貴山観光ホテルの「おはし」で昼食をいただき、山を下りて
午後1時前再び竜田大社を訪ねました。

 1時から神楽舞、2時から居合剣舞とのことで、拝殿に行きました。
神楽舞は数人の巫女が雅楽で舞うのかと思っていたら、
二人の巫女と、少女の巫女が一人、お祓いを受ける人々を拝殿に上がらせて、
一人の巫女が剣を持って、数分間太鼓と笛に合わせて舞い、
そのあと、一人ひとり、お祓いをし、お供物を渡していきました。

 10数分毎に、これを繰り返しているだけだし、剣舞までまだ時間があったし、
雨もぽつりぽつり降ってきたので、近くの神奈備神社を訪ねました。
風鎮大祭の最大のイベントは夜の花火ですが、句会の都合もあり、
今回は花火など夕方以降のプログラムは参加しませんでした。


       巫女の舞終れば来たる白雨かな  常朝

              (朝の竜田大社)
              (風鎮祭の奉納行事)
              (巫女の舞)
              (屋台)

 神奈備神社には、鎌足の妻、額田王の姉と言われる鏡王女の万葉歌碑などが
あるらしいですが、境内に石段が30段ほどあり、駐車場もないようだったので、
ここもあきらめて王子駅南の川沿いの「さと」で小句会後解散しました。

 「さと」に入った頃から雨が降り出しましたが、
雨に強いという風鎮祭のおかげか、我々はさほど降られず信貴山や竜田の
涼しい青葉を楽しむことができました。 

2014年6月29日日曜日

194.東吉野・天好園から水分神社

「アカシア紀行・俳句」2014年6月28日(土)     前へ   次へ


 梅雨曇りのやや涼しい土曜日、いつものメンバー6人で、
奈良県吉野郡東吉野村の天好園から近くの水分神社を訪ねました。

 車で桜井市の三輪大社に集合し、宇陀市の女寄峠、拾生(ひろお)から、
国道166号線を東吉野村の鷲家口を経て、新木津(こつ)トンネルを
出て、100メートルほどの歌碑前で、車を留めました。
この辺りは過去に何度かきていますが、山に囲まれた美しい清流のある
静かなところです。

(以前のブログは、アカシア紀行42アカシア紀行106アカシア紀行130です)

 歌碑は前登志夫の

 朴の花 たかだかと咲くまひるまを みなかみにさびし 高見の山は

 です。

 ここからは高見山が雨に煙って見えます。
朴の花はすでに終わって、10センチほどのラグビーボール状の青い実が
いくつか付いていました。

              (朴の実:クリックで拡大:以後同じ)

 その後小雨がぱらつく中を、松本大橋手前で左折して、平野川に沿って
28号線を3キロほど北上、天好園に着きました。
着いた頃は雨も止んで、しばらく散策できました。
数本ある山法師が白い花を沢山つけ、花の終わりですが、大山蓮華が
2、3の優雅な白い花を付けていました。

 池には大きな鯉が池底のトンネルを出入りし、ウグイも泳いでいます。
平野川の谷水は澄んでいますが、以前見たハヤは見えません。
一羽の燕が上流から下流へ飛んで消えました。

 11時半頃、昼食をいただいてから、改めて句碑を拝見しました。
暮石先生、茨木先生、日野草城や松瀬青々の句碑も見てから、
1キロほど南の平野の水分神社を訪ねました。

       大山蓮華花の終りの静かなる   常朝

       師の句碑を一直線に蜘蛛登る   常朝

       (天好園の山法師:クリックで拡大:以後同じ)
              (大山蓮華)
              (お食事処)
              (松瀬青々:大阪の雪をよしのは春の風)

 平野の水分神社は比較的小さな本殿、拝殿、社務所、倉庫の
ある神社です。昭和58年遷宮の石碑が立っています。
平野川の谷音や鳥の声がときどき聞こえます。

 神社入り口には山の神が祀ってあります。
右手の大杉にはテイカカヅラが白い花を巻き付け、
下にはマムシグサが不気味な紫の花を咲かせていました。

 しばらく散策していると、誰かが河鹿(かじか)が鳴いたと言いました。
境内から谷に向かって耳をすませましたが、なかなか鳴いてくれません。
結局、鳴き声を聞いたのは3人だけでした。

 境内には、天照大御神の遥拝所石塔があり、下に古い狛犬が一頭
おいてあります。

 また、神社の外側には、右城暮石先生の句碑

       合流をはたしての緩冬芒

と、さる3月亡くなられた藤本安騎生氏の句碑がありました。


       河鹿笛待てば谷より風来たる    常朝

              (平野水分神社)
              (右城暮石の句碑)
              (藤本安騎生の句碑説明板)
              (山の神のお供え)

 2時頃、166号線に戻り、帰り道なので、宇陀水分神社を訪ねました。
以前訪ねましたが、ここは、宇陀市菟田野古市場にある古い神社です。
大きな杉に囲まれた境内に、同じ大きさ、形の社殿が3つ横に並んでいます。
鳥居のそばには頼朝が若い頃植えたという杉の二代目が
頼朝杉と名づけられ、本殿左には高さ30メートルもありそうな、
夫婦杉が天を突き、社殿下の細長い庭には擬宝珠の花が咲いていました。
古い燈籠2つには、「あぶない」と書いた札がかけてあります。


       水分の斎庭に擬宝珠の花清ら    常朝

              (宇陀水分神社)
              (夫婦杉)
              (擬宝珠の花)

 3時前、宇陀水分神社を辞して、桜井市の阿部交差点西の天平庵で
小句会後、5時半頃解散しました。
天平庵では、7人座れる我々の常席は、若い女性2人が最初から最後まで
ずっと話しこんでいました。

 梅雨の不安定な天気にもかかわらず、ほとんど雨に降られず、
涼しい吉野の清流や青葉を楽しんだ1日でした。