2014年9月5日金曜日

197.奈良・毛原廃寺跡から室生西光寺

「アカシア紀行・俳句」2014年9月4日(木)    前へ  次へ


 雨模様の日が続く9月最初の木曜日、いつものメンバー6人で、
奈良・山添村の毛原廃寺跡から室生の西光寺を訪ねました。

 9時すぎ、名阪国道針テラスで集合し、小倉ICから東へ数キロ走って、
奈良万葉ゴルフ場の中の道を東へ、10時前毛原廃寺跡に着きました。

 ここは2年前にも訪ねましたが、奈良時代後期から、
約800年あった大寺のあとで、東大寺の杣(木材をとる山)支配所だった
とされ、説明板によると、金堂は唐招提寺の金堂とほぼ同じ大きさだった
ようです。 南側には山の辺の御井という井戸があります。

  (参照:アカシア紀行158アカシア紀行6

 今は、金堂跡、中門跡、南門の礎石が残っているだけですが、
周囲は農家の畑があり、色々な秋の草花も植えられ、
静かな山村といった感じで、時折涼しい風が通ります。

 金堂跡にあったみかんの木が伐られて切株に白い茸が付いていまいた。
盗人萩が群れ咲く礎石のそばの小池の浮草から蛙が顔を出し、
マルハナバチのような蜂が一匹、ヤブランの花に順番に止まって
小花をこぼしていました。
畑には、百日草、桔梗、いんげん豆の白い花、枝豆の黄色い花、芙蓉、オクラや
百合、ヤブランなどが咲き、青いフォックスフェースの実がついていました。


       廃寺跡谷の風よき花野かな    常朝

       山の辺の暮らし穏やか韮の花   常朝

              (毛原廃寺阯の碑:クリックで拡大:以後同じ)          
              (中門の礎石)
              (山の辺の御井)
              (金堂の地の小池)
              (フォックスフェース)
フォックスフェースは狐の顔ですがまったくその通りで、身も蓋も無い名前の付け方です。

 寺跡を散策後、下の笠間川に行きました。
川へ降りる道の右手に蚕の供養碑があります。
橋は農業車以外は通行止のようで、左手には取水場らしい堰と建物が
あります。橋の向こうは棚田で、稲が黄色く実り、コンバインが一台稲を刈っていました。


              (蚕の供養碑)
              (笠間川の取水堰)          
              (笠間川南の棚田)
昼前、山道(28号線)を南下し、165号線の黒田付近に下りて、
三太夫で昼食をいただきました。

 しばらく休んで、165号線の大野から室生寺の西の
西光寺を訪ねました。
ここは数年前、室生寺に来た時訪ねたことを思い出しました。
大きな枝垂れ桜が何本もの支柱で支えられて立っています。
向かいの家の垣の木からアケビの実が垂れ、下の畑の垣には
蔓にムカゴが付いていました。
山手の家の庭には鶏が放し飼いされていました。


       鶏の一家うろつく花野かな     常朝

       無住寺に二つづつ成る通草かな  常朝

              (西光寺)
              (鶏の一家)

 雨がやや強くなってきたので、
腰折地蔵などには立ち寄らず、仏隆寺を過ぎて西1キロほどの鹿火屋に
少し停車しました。
鹿火屋にはだれもおられず、昔あった焼帛(やきしめ:煙で猪などを追うもの)
はなく、猪垣の上に背の高い電柵が張られ田を囲んでいました。
道路の土手にはフシグロセンノウの橙黄色の花がありした。

              (鹿火屋)


 その後桜井市の天平庵で小句会後、解散しました。
帰り道では青空が少し見えていました。

2014年7月20日日曜日

196.奈良・宇陀市高井宿千本杉、沈下橋から深野

「アカシア紀行・俳句」2014年7月18日(金)     前へ   次へ

 梅雨晴れの金曜日、いつものメンバー6人で、
宇陀市榛原の南にある旧伊勢街道・高井宿の千本杉などを訪ねました。

 奈良方面からは車で国道165号線を東へ、榛原から369号線を南数キロで、
高井交差点があり、その先の角を左折して登ると、旧伊勢街道の
高井宿・千本杉があります。
   (6年前秋にも訪ねましたがそのメモは アカシア紀行74 です)


 狭い街道沿いに、周囲22メートルもの杉の巨木が根元から18本もの幹を
分岐させており、根元に小さな鳥居もあり神杉として祀られています。

そのそばに幅1メートルほどの泉が落ち葉よけでしょうか、立てかけた金網枠で
蓋をされて、湧き水を湛えています。

 金網枠をはずして、そばの長柄杓で水を掬って飲むと、冷たくて、やや
甘い味がしました。

 根元には苔がぎっしり敷いて、小さな雨蛙がいました。
また、太さ3センチほどの大きな山ナメクジもいました。
杉の木の下で休んでいると、時折涼しい風がありました。
伊勢本道の幅は狭く土手には野萱草や姫女苑が咲いていました。

 近くの古民家、津森家、松本家などは人が住んでおられるようなので、
庭などを拝見したあと、昼までは時間があったので宇陀川の沈下橋を
訪ねることにしました。


       大杉に身を寄せをれば風涼し   常朝

       野萱草伊勢本道の土手高し    常朝

              (千本杉の根元:クリックで拡大:以後同じ)
           
              (千本杉)
              (泉)
              (説明板)
              (津越家)
              (松本家)

 165号線の三本松から東3キロくらいで右手に国道をそれて、
宇陀川沿いに1キロほど行くと、安部田の沈下橋があります。
近鉄赤目口駅の直線で西1キロの場所です。

 カラムシと藪枯らしの茂る坂を下りると、幅1.5、高さ1メートルほどの
コンクリートの橋があり、下にはウグイの子が泳いでいます。
対岸にはヒオウギ(射干)が咲き、橋上に伸びた竹に竹の花がありました。


       射干の岸辺に咲けり沈下橋    常朝

       沈下橋通れば触るる竹の花    常朝

              (沈下橋)
           
             (宇陀川)
              (三太夫の門)

 その後、165号線沿いの三太夫で昼食をいただきました。
和風レストラン三太夫の建物は、伊賀忍者百地三太夫の家を
移築したそうで、広さ30坪、天井高5間もありそうな大きな部屋には
柱がありません。庭には大鯉の池、水車、滝などがあり、
ひととき、暑さを忘れました。

 1時半頃、三本松から山道に入り、深野の神明神社を訪ねました。
ここは3年前の早春訪ねたときは、林野庁の人が来るとかで、
村の人々が占地のため松苗を境内に並べたりしていましたが、
今回は誰もおらず、周囲の棚田に青田風が吹いて、鳥と蝉の声だけでした。
棚田に向いた神社の丘には紫陽花が咲いていました。
まだ紫の右手の田からツグミらしい鳥が蛙を咥えて飛び立ち、
電線で数分かけて飲み込みました。
神社前の掲示板には年中行事の表があり、
8月中に風の祈祷をするように、などとありました。
   (3年前のメモは アカシア紀行118 です)

       山中の棚田に遅き七変化     常朝

       風祈祷せよとの掲示夏の杜    常朝

              (神明神社)
              (深野の景色)

しばらく境内や棚田の道を散策して、165号線に戻り、
桜井・阿部の天平庵で小句会後解散しました。

 下界は梅雨晴れ間のむし暑い日でしたが、伊勢街道、宇陀川、深野と
宇陀の山や川の涼風に恵まれた一日でした。 

2014年7月8日火曜日

195.奈良・信貴山のどか村から竜田大社 風鎮祭

「アカシア紀行・俳句」2014年7月6日(日)     前へ   次へ

 朝少し青空も見えた梅雨曇りの日曜日、いつものメンバー6人で、
奈良県生駒郡三郷町の信貴山のどか村から王寺町の竜田大社を訪ねました。

 奈良方面からは車で国道25号線を西に竜田大橋を渡って左折し、
本町1丁目で右折して、宮前橋東を右折、約600メートルで竜田大社です。
我々は9時過ぎ竜田大社駐車場に集合しました。

 今日は竜田大社の風鎮大祭ですが、インターネット情報では午前中は
神事のみとのことで、朝は信貴山のどか村を訪ねることにしました。
信貴山のどか村は信貴山「朝護孫寺」のすぐ南にある、
民営の広大な農業公園です。

 9時半頃駐車場に着き入場券500円を払ってのどか村に入ると、
広い丘に花壇、芝生広場などが見えますが、
我々はまず左手(西側)の体験農場に行きました。

              (のどか村案内図:クリックで拡大:以後同じ)        
            (七夕竹)
              (のどか村の花畑)
途中の花菖蒲の葉に空蝉があったので、取ろうとすると
すぐ近くの葉から蝉が飛び立ちました。
朝生まれたばかりの蝉のようです。
道の左手には合歓の花、右には桜青葉の涼しいトンネルがあり、
通ってトウモロコシの畑に入ると、年配の男性が一人、机を置いて、
直売を始めていました。

 まず客が数十畝もある背高いトウモロコシの畑に入り、
自分の好きな実をとって、畑の外の販売机に持参し、1個150円で買います。
我々の他にも家族連れが2、3組来て、小さい女の子が畑の中から
トウモロコシを抱えて出てきました。

 1個の4分の一位を試食させてくれましたが、生でも柔らかく、
甘みがあり、何よりみずみずしい味でした。
我々も数個ずつ買ってから、南側の土手を登って鶏の庭に行きました。

 最初の鶏のネットは烏骨鶏(うこっけい)でした。
コケコッコーと鳴くと、どこかでホトトギスが鳴きました。
鶏を放し飼いしているネット(10X20メートル位)の中に、籠を持って、
鶏が外に出ないように気をつけて戸を開けて入り、卵を採りました。

 産卵小屋(長さ2~3M)が数個あり、数羽ずつが入って卵を産んでいます。
箱の下の受け棚に落ちる産みたての卵を籠に採り、出口で精算しました。
鶏はボリスブラウンという種で、茶色の卵ですが1個50円でした。

 その後、園内のソフトクリーム店でソフトクリームをいただき、
やぎひつじ牧場を少し見てから売店を覗き、のどか村を出ました。

       温みまだ残りゐるかに蝉の殻     常朝

       とうもろこし触るれば花の散りにけり 常朝

              (トウモロコシ畑)
              (鶏園)
              (産卵小屋)
              (やぎひつじ牧場)

 信貴山観光ホテルへの途中、吊り橋を見ました。
池では3、4人の若者がブラックバス釣りをしていました。

              (吊り橋)

 信貴山観光ホテルの「おはし」で昼食をいただき、山を下りて
午後1時前再び竜田大社を訪ねました。

 1時から神楽舞、2時から居合剣舞とのことで、拝殿に行きました。
神楽舞は数人の巫女が雅楽で舞うのかと思っていたら、
二人の巫女と、少女の巫女が一人、お祓いを受ける人々を拝殿に上がらせて、
一人の巫女が剣を持って、数分間太鼓と笛に合わせて舞い、
そのあと、一人ひとり、お祓いをし、お供物を渡していきました。

 10数分毎に、これを繰り返しているだけだし、剣舞までまだ時間があったし、
雨もぽつりぽつり降ってきたので、近くの神奈備神社を訪ねました。
風鎮大祭の最大のイベントは夜の花火ですが、句会の都合もあり、
今回は花火など夕方以降のプログラムは参加しませんでした。


       巫女の舞終れば来たる白雨かな  常朝

              (朝の竜田大社)
              (風鎮祭の奉納行事)
              (巫女の舞)
              (屋台)

 神奈備神社には、鎌足の妻、額田王の姉と言われる鏡王女の万葉歌碑などが
あるらしいですが、境内に石段が30段ほどあり、駐車場もないようだったので、
ここもあきらめて王子駅南の川沿いの「さと」で小句会後解散しました。

 「さと」に入った頃から雨が降り出しましたが、
雨に強いという風鎮祭のおかげか、我々はさほど降られず信貴山や竜田の
涼しい青葉を楽しむことができました。 

2014年6月29日日曜日

194.東吉野・天好園から水分神社

「アカシア紀行・俳句」2014年6月28日(土)     前へ   次へ


 梅雨曇りのやや涼しい土曜日、いつものメンバー6人で、
奈良県吉野郡東吉野村の天好園から近くの水分神社を訪ねました。

 車で桜井市の三輪大社に集合し、宇陀市の女寄峠、拾生(ひろお)から、
国道166号線を東吉野村の鷲家口を経て、新木津(こつ)トンネルを
出て、100メートルほどの歌碑前で、車を留めました。
この辺りは過去に何度かきていますが、山に囲まれた美しい清流のある
静かなところです。

(以前のブログは、アカシア紀行42アカシア紀行106アカシア紀行130です)

 歌碑は前登志夫の

 朴の花 たかだかと咲くまひるまを みなかみにさびし 高見の山は

 です。

 ここからは高見山が雨に煙って見えます。
朴の花はすでに終わって、10センチほどのラグビーボール状の青い実が
いくつか付いていました。

              (朴の実:クリックで拡大:以後同じ)

 その後小雨がぱらつく中を、松本大橋手前で左折して、平野川に沿って
28号線を3キロほど北上、天好園に着きました。
着いた頃は雨も止んで、しばらく散策できました。
数本ある山法師が白い花を沢山つけ、花の終わりですが、大山蓮華が
2、3の優雅な白い花を付けていました。

 池には大きな鯉が池底のトンネルを出入りし、ウグイも泳いでいます。
平野川の谷水は澄んでいますが、以前見たハヤは見えません。
一羽の燕が上流から下流へ飛んで消えました。

 11時半頃、昼食をいただいてから、改めて句碑を拝見しました。
暮石先生、茨木先生、日野草城や松瀬青々の句碑も見てから、
1キロほど南の平野の水分神社を訪ねました。

       大山蓮華花の終りの静かなる   常朝

       師の句碑を一直線に蜘蛛登る   常朝

       (天好園の山法師:クリックで拡大:以後同じ)
              (大山蓮華)
              (お食事処)
              (松瀬青々:大阪の雪をよしのは春の風)

 平野の水分神社は比較的小さな本殿、拝殿、社務所、倉庫の
ある神社です。昭和58年遷宮の石碑が立っています。
平野川の谷音や鳥の声がときどき聞こえます。

 神社入り口には山の神が祀ってあります。
右手の大杉にはテイカカヅラが白い花を巻き付け、
下にはマムシグサが不気味な紫の花を咲かせていました。

 しばらく散策していると、誰かが河鹿(かじか)が鳴いたと言いました。
境内から谷に向かって耳をすませましたが、なかなか鳴いてくれません。
結局、鳴き声を聞いたのは3人だけでした。

 境内には、天照大御神の遥拝所石塔があり、下に古い狛犬が一頭
おいてあります。

 また、神社の外側には、右城暮石先生の句碑

       合流をはたしての緩冬芒

と、さる3月亡くなられた藤本安騎生氏の句碑がありました。


       河鹿笛待てば谷より風来たる    常朝

              (平野水分神社)
              (右城暮石の句碑)
              (藤本安騎生の句碑説明板)
              (山の神のお供え)

 2時頃、166号線に戻り、帰り道なので、宇陀水分神社を訪ねました。
以前訪ねましたが、ここは、宇陀市菟田野古市場にある古い神社です。
大きな杉に囲まれた境内に、同じ大きさ、形の社殿が3つ横に並んでいます。
鳥居のそばには頼朝が若い頃植えたという杉の二代目が
頼朝杉と名づけられ、本殿左には高さ30メートルもありそうな、
夫婦杉が天を突き、社殿下の細長い庭には擬宝珠の花が咲いていました。
古い燈籠2つには、「あぶない」と書いた札がかけてあります。


       水分の斎庭に擬宝珠の花清ら    常朝

              (宇陀水分神社)
              (夫婦杉)
              (擬宝珠の花)

 3時前、宇陀水分神社を辞して、桜井市の阿部交差点西の天平庵で
小句会後、5時半頃解散しました。
天平庵では、7人座れる我々の常席は、若い女性2人が最初から最後まで
ずっと話しこんでいました。

 梅雨の不安定な天気にもかかわらず、ほとんど雨に降られず、
涼しい吉野の清流や青葉を楽しんだ1日でした。

2014年6月15日日曜日

193.大阪市・住吉大社の御田植祭

「アカシア紀行・俳句」2014年6月14日(土)     前へ   次へ

 梅雨晴れ間の土曜日、いつものメンバー6人で、
大阪市住吉区にある住吉大社の御田植祭を訪ねました。

 車で奈良方面からは、阪神高速の東大阪荒本ICを出て、中央環状線を南下、
長吉長原東交差点を西へ折れて、長居道路を住吉大社南の足立1交差点を北上
阪堺線踏切を越えると、大社の駐車場入口です。
電車では南海線住吉大社駅か、阪堺線住吉鳥居前か阪堺上町線住吉公園前駅
が最寄りです。

 住吉大社は以前のアカシア紀行97にも記入しましが、
住吉3神、神功皇后、などを祀る古い神社です。

 我々が9時40分頃、住吉大社の駐車場の東側の神田に入ると、
すでに30人位の男性が、神田に並んで、早苗を植えていました。

 畦近くの男性に聞くと、御田植祭は13時からだが、
早乙女達が苗をまっすぐ植えやすいように、苗の5列のうち1列位は
前もって植えておく、いわゆる準備作業中とのこと。

 中央部にある、浮き舞台のそばでは、外国のテレビ局のチーム
でしょうか、外人の女性が男性に混じって田植えをしていました。

 男性は、外人女性はOK、OKと言うけれど、写真撮影がOKなのか、
植え方がOKと言うのかわからないと笑っていました。

 そのうち、マイクのテストでしょうか、スピーカーで田植歌が聞こえたり
してだんだん祭の雰囲気が出てきました。
畦の南側には、昔神田を奉納し、芸妓が田植えを奉納したという
新町廓の大きな旗が風に揺れています。
水は井戸水など色々お聞きして、しばらく見学後、まだ11時前でしたが、
昼食を早く済ますため、住吉大社駅前東の廣田屋に行きました。


       大阪の井戸水引きて御田植祭   常朝

       廓の旗大きく立てて御田植祭    常朝


          (住吉大社の反橋:クリックで拡大:以後同じ)
              (神田の浮き舞台)
              (準備の田植え)


 予約時の話では12時半開店予定でしたが、11時前から入店させていただき、
20分程待って名物の「豆ご飯定食」をいただいた後、11時40分頃から
お田植え祭の拝観入場券(御田講講金)を求める行列に並び、12時半頃
一人1000円の入場券をもらいました。 

 入場券には、「綿の花」という赤黄色の紙造花と御田植神事説明書が
付いていました。
神田の北側のテント下の拝観席は招待席の東側、約400人分位でした。
すでに前の席が埋まっていたので、我々は最後部に坐りました。

 スピーカーでは御田植祭の由来や式次第を延々説明しています。
13時すぎ、赤い飾幕と「綿の花」を背につけた斎牛(さいぎゅう)が
菅笠黄たすきの博労に連れられて畦を二周したあと、神田に入って
北西の田を代掻(しろか)きしました。
牛は5才の但馬牛で1ケ月練習したそうです。畦を一周するとき、拝観席から
拍手が湧きました。

 続いて、神事の行列が大きな旗と12人の供奴(ともやっこ)に先導されて
畦を進んできました。
供奴のあと、武者行列、神官、八乙女、楽人、稚児、御稔女(みとしめ)、
植女、大田主(ご神水)、奉耕者(田男)、替植女、田植踊りの早乙女、
住吉踊りの踊子女童(約150人)が続きました。

       拍手受け元気出したる田植牛    常朝

       食はるるより代掻きがまし但馬牛  常朝

              (田植踊りの女童)
              (供奴の練習)
              (武者行列)
              (代掻き)

 その後、浮き舞台で神官のお祓い後、神水を四方に注ぎ、
市女笠の8人の植女(うえめ)から、手渡された早苗束を持って、
8人の菅笠たすき姿の替植女(かえうえめ)が畦に戻り田植えがはじまりました。

 10人位の早乙女の他に、30人位の田男が菅笠、白衣、赤襷姿で、
2反の神田に田植えをします。

 同時に、8人の冠をつけた巫女(八乙女)が舞台に来て
ゆっくりした田舞を始めました。
その後約2時間、田植えと並行して次のような奉納行事が舞台と畦道で
繰り広げられました。

  神田代舞(みとしろまい:美しい芸妓の舞台舞)
  風流武者行事(高下駄の侍大将による舞台の舞)
  棒打ち合戦(甲冑武者と紅白の雑兵が畦で棒を打ち合う)
  田植え踊り(替植女の太鼓、謡いに舞台で早乙女が踊る)
  住吉踊り(謡に童女150人が舞台と畦で踊る)


 なかでも、棒打ち合戦の前の少年武者行列では、
小学校1年位の兵が、行列最後に10メートルも遅れても気にせず踊り切って、
拝観席から大きな拍手が湧きました。

 また、住吉踊りでは、小学生くらいうの女童が、団扇を左手で叩きながら
リズミカルに踊る姿はかわいいでした。


       投げられし早苗のしぶき畦を越す  常朝

       浮き舞台下も苗植う御田植祭    常朝

              (田植え)
              (棒打ち合戦)
              (住吉踊り)

 3時半ころ、田植えも踊りも含め、お田植え祭が宮司の挨拶で無事終わり、
我々は住之江公園近くのファミリーレストラン「さと」で小句会後、
6時過ぎ解散しました。

 日差は少し暑いくらいでしたが、涼しい木陰にときどきは良い風も来て、
青葉の住吉大社で、盛り沢山の行事の御田植祭をゆっくり楽しめました。
また大都市でこのような格式と内容のある御田植祭があるとは驚きでした。